またある日の事。 数日前からこの近辺で気配のあった魔女。気配を辿って何度か追い詰めるものの、その都度、魔女の使い魔た ちに遮られて尽く致命傷を与える事が出来ず逃げられていた。しかしそれも今や過去の話。 魔女を守ろうとする使い魔たちを、手に持つ得物で切り裂いて消し去り、守るものが居なくなった、がら空き の魔女へと地を駆けて肉薄する。 そして 「チェックメイトッ!」 止めの一撃を魔女に放ち確かな感触を手に、消滅していくのを横目で確認する。 消滅と同時に、魔女の身体から何かが零れ落ちる。見間違える筈も無い。私達、魔法少女の生命線とも言える グリーフシードだ。 「ふぅ……」 魔女の結界が崩壊し、元の世界へ景色が戻っていく 久しぶりに魔女を倒し、グリーフシードをようやく手に入れた。最近はずっと使い魔を追いかけていることば かりだったのでグリーフシードを手に入れられず、ソウルジェムに溜まった穢れにそろそろ焦りを感じていただ けに、今回グリーフシードを手に入れられたのは幸運であったといえる。 強くなるためには経験を積んでいかねばならない。しかしだからといって我武者羅に戦っていてはソウルジェ ムに穢れが溜まっていって上手く戦えない。最近になってようやく自分の戦い方というものを確立させたものの、 まだまだ無駄は多い。だからこうして今のように、少々の危険なら目を瞑って魔女へ特攻するという結果になっ てしまっている。このままではいずれ持たなくなることは分かっている。それまでには何とかしたいものだけれ ど……。 胸元のソウルジェムにグリーフシードを近づけ、ソウルジェムに溜まった穢れをグリーフシードへと移してい く。すぅ、と身体が軽くなるような錯覚と共に、黒く濁ったような穢れがグリーフシードへと移っていく。 例のぬいぐるみのキュゥべえが言うには、ソウルジェムに穢れを溜めすぎると大変なことになる、としか聞い ていなかったため、いまいちその後に、具体的にどうなるのかは知らない、というか分からない。が、まぁ少な くとも、まともな事にはならないのは確かだろう。しかし分からないからと云って、わざわざ自分を犠牲にして まで実験する気はさらさら無い。いつだって自分の身が一番可愛いのだ。大人しくあのぬいぐるみの言う通り、 溜まった穢れをグリーフシードに移しておこう。 ソウルジェムの穢れが完全に浄化されたところでグリーフシードをソウルジェムから離す。このくらいなら、 今手に入れたこのグリーフシードでまだあと2、3回くらいなら浄化に使っても問題ないだろう。無理をしない 範囲ならの話だが。……もっとも、出来るならばグリーフシードを複数手に入れて、もっと余裕のある状態でい たいのだが、現実はそう甘くは無い。 「今度会ったら、あのぬいぐるみにもっと効率のいい狩り方教えてもらおうかしら」 キュゥべえとは契約してからというものの、必要最低限の数度しか会っていない。しかしキュゥべえ曰く、私 が気づかないだけで知らないところで監視はずっと続けているとかなんとか。その「ずっと」というのがどれ位 を表すのか分からないが、everytimeとかalwaysなずっとなら、薄ら寒いものを感じてしまう。というかかなり 気持ち悪い。ヒくわ。 もともと直感に近い形で契約したため、そこまであのぬいぐるみ自体には興味はなかったものの、やはりいざ 冷静に考えてみると、よく分からないことが多すぎる。ていうか契約するだけして、あとは殆ど放置って営業と してどうなのかしら。アフターケアは必要だと思うのだけれども。まるで悪徳契約。 とは言うものの、この間久しぶりに会った時には、グリーフシードを手に入れてそれに穢れが溜まったころに またやってくると言っていたので、恐らく直にまたあのぬいぐるみに会えることだろう。その時に疑問に思うこ とをいろいろ聞くことにしようではないか。……最も、ちゃんと答えてくれるかは分からないのだけれども。あ の絶妙なはぐらかし方は、後々にならないと気づかないほど巧妙だから、しっかりと注意していなければいけな い。この間も、それでしっかりとはぐらされたから、今度こそ……。 さて、一応魔女を倒してから付近の警戒を続けていたものの、特に新しい魔女の気配なども感じないし、問題 ないようだ。 まだまだ魔法少女としての使命は終わらない。基本的には半永久的に続くと私はキュゥべえから聞いている。 しかし私はずっとこんなものを続ける気は毛頭ない。どんな物事にだって永遠は無いはず。これにだって、き っとどこかで終わらせる方法があるはずだ。 魔法「少女」というのだから、多分……さすがにこのまま10年も続けるなんて事は無いだろう。10年後、つま り20代半ばのそんな時期に、魔法「少女」なんて言っていれば失笑ものどころじゃない、冗談抜きで頭が可愛そ うな人になってしまう。うん、確実に。 女子会(笑)並に。いや、それどころじゃ無いかもしれない。……お ぉ怖い怖い。 とは言うものの、自分以外の魔法少女に出会ったのは、今まであの子一人しか居ないので、具体的に、正確に はこれからどうなるかは分からない。あの子も私と同い年くらいだったし、いまいちよく分からないのだ。少女 じゃなくなった魔法少女はどうなるのだろうか。少女でない魔法使いだから魔女にでもなるのか? 馬鹿馬鹿し い。 「ほんとアホらし……疲れたしもう帰ろうっと」 変身を解いて帰路へ着く。使い魔が人を襲う前に、こちらから攻撃を仕掛けたので今回は確認できた範囲では 犠牲者は居ない。周りに人通りも無いので、特に気にすることなくゆっくりと帰れるだろう。 疲れのせいで重くなったような錯覚がする身体に鞭を打ってだるそうに歩いていく。 確かに魔法少女として魔女を倒していると、何も無い普段の数倍の疲労がある。それは普段はそこまで活動的 に動かない私だから、余計にそう感じるのかもしれない。それ以外にも、常に魔女の気配を探るために神経を張 っていないといけないし、魔女に操られた人間などを見つけた場合はその対処もしなければならない。本当に大 変なのだ。 つらいことなんて沢山ある。しかしそれを超えて使命を果たさねばならないのだ。その所為で更に辛くなる。 何よりも、この努力を誰も知らない。当たり前だ。言うわけにはいかないし。 しかし、……だからといって、挫ける訳にはいかない。どういう基準かは知らないが、私は選ばれた訳なのだ。 普通ではない、非日常への世界へ向かう権利を。そして手に入れたのだ、他者を守る非日常の力を。だからこそ、 私は頑張らねばならない。心を折る訳にはいかない。 同じ街に魔法少女が居たことは割と驚いたがそれ以上に、その子に負けたということは予想以上に衝撃的だっ た。驕っていた訳ではない。少なくとも自分ではそう思ってる。……それでも、心のどこかで、今までの人生の ように、負けることは無い、勝てるはずだ、何とかなると高を括っていたのだろう。そしてその結果があれだ。 私達のように現実に存在する魔法少女は、アニメや漫画に出てくるようなファンシーでファンタジーな存在で はない。自身の命を賭けて、魔女というよく分からない存在を討ち取るのだ。そんな生と死のやり取りの世界が 普通なのだ。だからこそあの子に、覚悟の差で、経験の差で負けたのは至極当然である……そうであるはず。 そう分かっていても、……やっぱり心を砕かれる思いだ。キュゥべえには才能があると言われていたし、今ま ではそれほど大きな苦労も無く魔女を倒してきていたのだから、やはり気づかぬ間に天狗になっていたのだ。そ んな私の鼻を折ってくれたのだから、感謝しなければならない。次は無いのだから。 だからこそ、これからは気を抜けない。今まで以上に気を引き締めていかなければならない。今までの覚悟よ りも、もっともっと遥かに重い覚悟が必要なのだ。……いや、これでようやく魔法少女としての覚悟が出来たと いうべきか。 私自身で自覚できるくらいに、あの出来事の前後で魔法少女としての行動が変わってきたくらいだ。まだまだ 先は長い。一歩ずつ、でも確実に成長していかねばならないだろう。 ようやく家が近づいてきた。もうすぐゆうちゃんの家が見える頃だ。 ゆうちゃんの部屋は相変わらず電気がついている。車が無いことから、おばさんはまだ帰ってきていないのだ ろう。たぶん、ゆうちゃんはおばさんが帰ってくるまでずっと部屋に篭っているに違いない。最近はまた原稿が うまくいってないのか、頑張って隠そうとしてるみたいだけど、ずっと目の下にうすく隈が出来ている状態が続 いている。 さすがにそこまで分かっていながら今日行くのは迷惑だろう。家に突撃したい気持ちを抑え、ゆうちゃんの原 稿が上手くことを願ってゆうちゃんの家の前を通過する。 最近になって――特に先日の他の魔法少女との一件から――ゆうちゃんが私に対して以前と比べて更に優しく なった気がする。これは多分気のせいじゃないはずだ。ずっとゆうちゃんと一緒にいる私だからこそ分かること。 もともと彼は、私に対しては甘やかしていると私自身が自分で自覚出来る程に優しい。口ではなんだかんだ言 いながらも、結局は私に合わせてくれるようなそんな人なのだ。それが更に優しくなったのだから、それは本当 にもう……幸せいっぱいなのだ! 少しぎこちなかった日々もあったがすぐにいつも通り、そして今まで以上に優しくて素敵なゆうちゃんになっ ていた。 彼のことを考えるだけで、このつらい魔法少女の使命もなんとかなるような気がしてくるし、ソウルジェムの 穢れも中和されるような気分なのだ。恋する乙女は無敵です、だなんて言葉があったけど、あれはまさしく本当 のことだと身を以って実感した。というか今まさに実感している。 今日も家に帰ったらメールと電話で魔女を退治したことをゆうちゃんにお話ししよう。面倒くさいと言いなが らも、彼はきっと私の話を黙って最後まで聞いてくれるのだ。 そして明日会ったときに……頭を撫でてもらうのだ。 ゆうちゃんが人を褒めることは、私を含めてもあまり、というかほとんど無い。でも、だからこそ偶に褒めて くれる時はすっごく嬉しいし、不器用ながらも頭を撫でてくれる手はまさに魔法みたいに疲れを吹き飛ばしてく れるのだ! あぁ、早くゆうちゃんに会いたい! 彼のことを思うだけで帰路に着く足取りも軽くなる。まだまだ私は戦える。限界のギリギリが来るまでは、ず っと、ずっと戦える。それまでは、ゆうちゃんにずっと甘えていよう。彼に笑ってもらえるように頑張ろう、頭 を撫でてもらえるように頑張ろう。 そんな幸せいっぱいな気持ちで家に帰り、ゆうちゃんとの電話で褒めてもらった後は幸せすぎて、気づいたら ベッドに横になって眠っていた。