彼女が魔法少女になって結構な月日が経った頃。
 しばらく前に、無茶をするなと彼女に言ってから、それでも未だに無理をする事はあるものの、以前に比べれ
ばかなり改善されたといってもいいだろう。それに加えて魔法少女というものに慣れたということもあって、自
分の実力以上の無理をする無茶はしなくなった。そのお陰で彼女の体調も前のようにずっと不調という事も無く、
すこぶる快調な日々を過ごしているようである。
 以前は平日休日問わず、魔女の気配があればそこへ赴き、尚且つ平日は学生として学校に行かねばならないと
いう中々に大変な毎日であった。休日も日中は街中を歩き回ったり、外に出てもすぐに魔女や使い魔の動向を探
る事ばかりで、完全に休むということは月に数日あるかどうかという程だった。
 しかしそれも今や過去の話。俺の言った事をちゃんと聞いたのかどうかは知らないが、最近はそれなりに休む
ようになったお陰で、今日のようにゆっくりと二人で買い物に行く余裕も出来たのだ。
「私の用事は大方終わりかなぁ。掘り出し物もあったし。じゃー次はゆうちゃんの服を買いに行きまっし
ょー!」
「……俺の服はいいよ。こないだ買ったとこだし」
「こないだ、ってそれどうせ春に買い物行ったときでしょー。秋服は絶対買ってないでしょー」
「違うって。先月買いに行ったから。俺がいっつも行ってる服屋で夏服の処分セールがあったから、ついでに秋
服も買ったんだよ。だから俺の分はいいよ。それに今着てる服だって、ちゃんとその時に買ったやつだから」
「えー。せっかく恥ずかしがるゆうちゃんを無理やりコーディネートするという計画があったのになー。コーデ
ィネートはこーでぃねーと。ぐへへへw」
 一人で寒い洒落を言って気持ち悪い笑みを浮かべている彼女を放置して先々進むことにした。近くに一緒にい
て同類と思われたらたまらない。…既に遅いかもしれないが。
「あ、待ってよゆうちゃん。買い物行かないならそろそろ休憩しようよ。この近くに去年出来たイギリス風の喫
茶店、まだ行ってなかったんだー。一緒に行こーよー」
 そう言って彼女は俺に駆け寄り、俺の答えを聞く前にぐいぐいと腕を引っ張って進んでいく。ま、早い昼ご飯
を食べて、昼前からずっと買い物とか遊んだりしてたから、丁度そろそろ疲れてきたところだ。ここらへんで休
憩するのも良いだろう。どちらにしろ、もう帰るだけなのだから、ゆっくりするのも悪くはない。
 いま歩いている商店街を抜けて、別の通りへと向かい、民家が立ち並ぶ通りを歩く。そこからまた少し歩いた
ところに他の家とは造りが違う家がぽつんと建っていた。
 なるほど彼女の言うとおり、家の見た目からしてまさにイギリス風。なんというかブリティッシュというかア
イリッシュというか。いや、この違いは俺は分からないのだけど。とりあえず雰囲気は充分だろう。少し首を動
かすと見える、目の端に僅かに映る周りの民家さえなければだが。
 彼女と共に中に入ってみると、外観と同様、中の造りもしっかりしているようだ。客もそこまで多くなく、一
息ついてゆっくりとくつろげそうだ。
 二人とも日替わりのケーキセットを頼み、彼女はモカを、俺はグアテマラを飲みながらゆっくりと談笑してい
た。個人的にはイギリス風なのだから紅茶(勿論ミルクティー)が飲みたかったのだが、紅茶のケーキセットの
方がコーヒーよりも若干高かったので我慢した。どういうこっちゃ。
 多分ここがあんまり人気が無いのは、堂々とイギリス風と銘打ってるくせに、紅茶ではなくコーヒーを出す気
が満々だからなんだろう。メニューをよく見ると、紅茶はフレーバーティーなども合わせて10種類ほどしかない
くせに、コーヒーはやけに種類が揃っている。見たことも聞いたことも無い種類もたくさんあった。どういうこ
っちゃ。
「このコーヒー飲みやすいねー。やっぱインスタントとは違うねー」
「そりゃそうだろ。よっぽど質が悪いのじゃない限り、豆から挽いたのは味も香りも格別だよ」
 これだけコーヒーを揃えているだけに、やはりというべきかコーヒーの味はとてもいい。うちの家でも時々ド
リップ式のコーヒーは飲んでいるが、注文が入ってから豆を挽くという、挽きたてほやほやのコーヒーはやはり
味が違う。……ような気がする。さすがにそこまで舌は肥えてない。インスタントと違うことくらいは分かるけ
ども。
「でもやっぱり紅茶の方が飲みたかったなぁ。ちょっと奮発して紅茶の方を頼めばよかった」
 しかし忘れてはいけない。俺らは所詮は中学生なのだ。日々のお小遣いとお年玉で一年をやりくりしていかね
ばならない、悲しい身分なのだ。こうやって彼女とデート紛いのことをするだけでも結構な出費になる訳で。…
…まぁ俺は別の収入もあるがそれも雀の涙程度。作品のための資料を買えばすぐになくなる程度だ。加えて先月
いろいろと支出があったために、今月は若干金が無いのだ。故に見栄を張って奢ることも出来ない訳だ。悲しい。
「また今度来るときに頼めばいいよ。ケーキも美味しかったし、次は紅茶頼めばいいさ」
 コーヒーも紅茶も美味い。少なくとも、舌の肥えきっていない俺はそう感じた。
「えーなにそれまた私とデートする気かなー? いやーん」
「うっせ」
「あいたっ」
 顔を近づけて挑発してきた彼女の額にぺこんとデコピンとする。彼女は額を押さえながらも、にやにや笑うの
を止めない。全く……。
「そういえば」
 ふと思い出したかのように、口を開いて彼女に魔法少女としての近況を聞きだす。こうして二人で外出する余
裕は出来たものの、こうしていても彼女は肝心なところを隠している事が今までに多々あった。だからこそ、こ
うして言葉にしてなんとも無いか聞くのが大事なのだ。
「最近は大分余裕が出来てたみたいだけど、あんまり魔女も見かけなくなったのか?」
「うん、そだねー。今月の初めに1体倒したきりかなぁ。一応警戒は続けてるけど、今のところは全く問題ない
よ。だから今のところは割と余裕があるかなー」
「そうか」
 そう笑って言う彼女に嘘を言っている節はない。ならば、特に俺が気にする事も無いだろう。せめて彼女の心
が安らぐように、いつも通りにしていればいい。

 マスターのご厚意に与り、サービスの2杯目を飲んでいると、何時かに話した続きとして、彼女が今までに戦
ってきた魔女の話を始めた。
 彼女が時々話す魔女の話はとても興味深い。普通、魔女と聞いて思い浮かぶのは、黒装束に黒い三角帽、黒猫
を使い魔にして箒で空を飛ぶ。というような典型的なものであろうし、俺もそれにもれずにそういう想像をして
いたのだが、実際はまったくそんなものではないらしい。というかそもそも人ですらないという。
 人型の魔女もいるものの、基本的にはどちらかといえば、モンスターやクリーチャーなどと言った方が正しい
ような、現実離れした外見をしているものが大半らしい。
 キメラの様な様々な動物をくっつけた化け物のようなものもいれば、スーツで着飾ったマネキンのようなもの
も、虫かごに手足が生えただけのようなものや、ガラクタやゴミを集めて人の形にしたようなものまで、それは
もう事実は小説より奇なり、を体現していると言うほどの様々な形をした「魔女」がいるらしい。
 ……話を聞いている身をしては、それは本当に魔女なのか?と思わずにはいられないが。
 そんな常識の外の話を聞いたからこそ思い浮かんだ疑問を、彼女にぶつけてみた。
 そもそも「魔女」とは何なのか、という疑問だ。今まで、そして現在も実際にこの目で見たことは無いものの、
そんな常識離れした存在が自然に発生するとは思えない。だからこそ彼女にその疑問を投げかけてみたものの、
どうやら彼女もそれは知らないらしい。しかし彼女曰く、大体の想像はつくが余りにも突拍子の無いものなので
俺に話す程ではないという。いずれ自身を魔法少女へと変えたキュゥべえから聞きだすつもりらしいが、そう思
っている時に限って探しても見つからなくなっているとかなんとか。
「はー。大変なもんだねぇ。仕事じゃないのにやらねばならん。しかもそれがハイリスクノーリターン。やらね
ば倒される。逃げてもどこにでも潜んでいる。倒しても誰にも感謝されない。……今更ながら、何でお前がこん
な条件を飲んだのか俺は理解に苦しむんだけど」
「確かに言われてみればそうなんだけどねー。……でも魔法少女っていう、その響きに詰まった夢や理想、それ
から私の願い。それを手に入れられたんだから、今はまだ満足してるよ。それに、誰も私を見ていないってこと
はないからね。ゆうちゃんがちゃんと私を見てくれてるしね」
「……なんだその自意識過剰」
「ふふふ、そうだねー」
 それからも彼女とコーヒーを飲みながら他愛の無い話をし、俺の「当たり前」である、何も起きないいつも通
りの平和な時間を過ごしていった。

 喫茶店で彼女とのゆっくりとした優雅な時間を過ごし、そろそろいい時間になったので、会計をして店の外へ
出た瞬間、言葉では言い表すことの出来ない違和感が辺りを覆った。
 驚きつつもあたりを見渡すと、隣にいた彼女がとある一点をみて驚愕していた。
「魔女の結界!? なんでこんな近くにあったのに……」
 ……どうやら、この違和感の正体は魔女が結界を張った所為らしい。
 それが意味することはつまり、魔女が姿を現し、人間を捕食するということ。
「ゆうちゃんは先に帰ってて! 私は魔女を倒――」
 彼女が言葉を言い終えるその前に、辺りの違和感が急激に膨らみだし、逃げる事も出来ずに俺と彼女を飲みこ
んだ。
「う……。はっ!?」
 一瞬意識が飛んだような気がしたが、すぐに目を開け辺りを見渡す。
 飲まれた先の空間はまるで異次元のようだった。いや、まさに異次元、異空間そのものだろう。
 原色のペンキを辺り一面に撒き散らしたような目に悪い空間。そして様々なガラクタや家具や家電、モノが入
り乱れて組み上げられた建造物のようなもの。その隣にある、まだ完成途中のガラクタタワーを一心不乱に組み
上げようとする異形の何か。
 現実では考えられないような景色がそこにあった。何かのアトラクションだと思っても、それにしては趣味が
悪すぎる。
「気をつけてゆうちゃん。魔女の結界に飲み込まれた。今はまだ出られないから私から離れないで」
 声をした方向を振り向くとそこには彼女が、あの時以来一度も見ていなかった魔法少女の姿でそこに立ってい
た。
 その姿に、いつもの抜けた彼女の面影は無く、凛とした姿と表情でいる彼女はまさに魔法少女だった。
「これが……魔女の結界の中なのか……?」
「そだよ。危ないから私から離れないでね。……進むよ、気をつけてね」
 そう言って歩き出す彼女から一歩遅れて、彼女から離れぬように自分も歩き出す。
 彼女との「デート」とも言える今日一日の終わりがまさかこんなことになるとは、一体誰が想像できただろう
か。
 いつも通り、平和な一日として終わるはずだった。いつも通りの、異常なんてどこにも無い、誰もが当たり前
のように享受している「平和」な一日として、彼女と共に過ごした何気ない今日の一日が終わるはずだった。
 なのに。
 なのにどうして、こいつらは邪魔をするのだろうか。
「そういえば、この姿を見せるのって久しぶりだね」
 緊張している俺の気を紛らわせる為だろうか、彼女が声を和らげて笑いかけるように話しかけてきた。勿論、
その視線は進む先を見ていて、周囲の警戒を怠っていないのだが。
「そうだな……。夏前の、魔法少女になった、ってことを教えてくれたあの時以来だ」
 あの時のことを思い出す。
 それは突然の、そして突拍子も無いような話だった。
 いつものような、何気ない冗談だと思っていたその告白。しかしそれはまさかの真実で、異能の力を手に入れ
たと告げた彼女は、いつもより輝いていた気がする。
「あれからあっという間、だったような気がする。忙しかったのもあるけど」
 ぽつりと独り言のように言葉をこぼす。そんな俺の言葉にも、彼女は笑顔で返してきた。
「そうだね、ほんと、あっという間だった。
 どうすればいいのか分からなくて、我武者羅に頑張って。魔女を倒して、魔法少女に倒されて。ゆうちゃんと
一緒に過ごして、一人で魔女と戦って。
 こうやってずっと過ごしてきた」
 彼女の言葉に何か含みを感じたが、それが何かまでは分からず、かといって聞くことも出来ずに、彼女の後ろ
をひたひたとついていく。
 しばらくの間、沈黙が辺りを支配する。
 この空間を進んでも進んでも、あちらこちらに、前衛的といえば良いのか、ガラクタが沢山積み重ねられたも
のがあり、そこにまた異形のよくわからない生物のようなものがせっせとそこかしこに落ちているガラクタを組
み上げている。時折悲鳴のようなものを上げて、ガラクタタワーから落っこちたり、ミスをしたのか、ガラガラ
と崩れる音がするものの、それ以外は俺と彼女の靴の音以外聞こえない。
「あの、さ……」
 沈黙に耐え切れず、彼女に声をかける。彼女は一瞬だけ後ろを振り向き、なぁにと返した。
「今回の魔女、勝てるのか?」
「まだ分かんないよ。でも今までずっと、魔女には負けてないし、多分今回も大丈夫だよ。…それに、いざとな
れば尻尾巻いてゆうちゃん連れて全力で、どんな手を使ってでもここから逃げるから大丈夫」
 彼女のその声にいつものような抜けた感じはない。
「そう、か……」
 表情や気配と同じく、張り詰めながらも俺を気にかける余裕を持ち、そして辺りへの警戒も怠らない。既に彼
女は臨戦態勢に入っている。そうだ、俺や他の人間とは違う、魔法少女として。魔女と戦う存在として。
 もう俺に出来る事は無いだろう。
 せいぜい彼女の邪魔にならないよう、後ろにちょこちょこついていって、彼女の指示を聞き漏らさないように
するしかない。
 彼女に何か声をかけようと思うものの、どう声をかければいいのか思いつかず、口を開きかけてまた閉じる。
頑張れなんて言えないし、他にどう声をかければ良いのか分からない。
 だからこそ、また沈黙へ戻ってしまう訳なのだが、そこに不安は無い。彼女と一緒に居れば大丈夫。そんな気
がするから。