彼女が魔法少女になって、そしてそれからいろいろあって、またしばらく経った頃。
 今日も今日とていつもと変わらない日常。何気ない日常……ではあるのだが。
 なんというか、今、ふと気づいたことなのだが、ここ最近彼女と居ることが多い気がする。
 いやこの言い方は少々語弊があるか。
 確かに今まででも、他の友人たちと比べると圧倒的に彼女といる時間の方が多いのだが、どうにも最近彼女と
二人で過ごす時間が多い気がするのだ。もちろん、これらの理由には部活の引退で部活のメンバーと絡む事が少
なくなったことや、もともと家が近いので彼女と受験に向けて一緒に勉強することが多いということもあるのだ
が。
 それでも、以前ならば彼女と俺以外に他に誰かが追加で居る事があるものなのだが、どうもここ最近は彼女と
二人きりの時間が多いのだ。これは気のせいだろうか……。まぁ気のせいじゃないのだけど。残念ながら、事実
なのである。非常に複雑な気分である。
 とにかくまぁ、そうだな……。
 つまり何が言いたいかというと。
「どうしてこうなった」
 休日の夕方、我が家で現在彼女と二人きり。そして当の彼女は俺の膝枕ですやすやと眠っている。
 こうなったきっかけは全く以っていつも通り。
 母さんは仕事で家にいないので、今日も今日とて自分の部屋に引きこもって勉強や原稿をしていると、彼女が
いつも通りにやって来て、丁度いい時間だったので休憩も兼ねて、彼女が暇つぶしにと持ってきたDVDの鑑賞を
始めることにしたのだ。
 しかし序盤から少しうとうとしていた彼女が、鑑賞途中でついに耐え切れなくなり、ゆるゆると俺の肩へと寄
りかかってきた訳だ。
 かなり眠そうにしていたので無理やり起こすのも悪いと思い、仕方ないので寝させようとするものの彼女が俺
に抱きついてきて離れない。何やかんやしている内に完全に眠りに落ちてしまい、今の状況が出来上がったとい
う訳である。
 彼女が借りてきた映画はもうクライマックス、ほどなく、直に終わるだろう。しかし膝の上で気持ちよさそう
に眠る彼女は起きる気配が全く無い。どうしたものか。
「おーい、映画はもういいのかー終わっちゃうぞー」
「んー」
「ていうかそろそろどかすぞ。動けないから。ほら」
「んーんー」
「デコピンするぞ」
「んー」
 腰に抱きついてきた。こりゃ駄目だ。完全に起きる気が無い。
 ていうか起きているのか寝ているのかどっちなんだ。俺のいう事には反応してるみたいだけど……。意識は覚
醒しているけど頭は寝ている感じだろうか。あ、映画が終わった。

 ……さて、本当にどうしようか。エンドロールが終わり、タイトル画面に戻ってきたので電源を落とす。途端
に部屋が静かになった。
 ぐっすり寝ている彼女を無理やり起こすのもいいが、そうした場合、高確率で不機嫌になる。その矛先を俺や
物に当てられるのはあまりよろしくないので、残念ながら我慢するしかないのである。
 彼女という障害物が膝の上にあるこの状況下では何も出来ないと、普通ではお思いだろうがそんなことは断じ
てない。幸いなことに、携帯端末は持って来ているので、これで作業は出来ない事は無いのだ。勿論最低限だが。
先を見越して持ってきていた俺を褒めてやりたい。普段なら携帯すら放置するような俺だから。
 片手で端末を操作しながら手持ち無沙汰なもう片方の手で彼女の頭を撫でるようにして髪を手櫛で梳く。あま
り長くは無いものの、肩に少しかかる程度のセミロングの髪の毛はこうやっていじるのに丁度良い。もともとの
髪質もあるが女子らしく、手入れがしっかりと行き届いているので勿論さらさらである。触っているこちらが気
持ちよくなるくらいだ。いつまでもこうして触っていたいが、これが彼女に見つかると間違いなくからかわれる
だけなので、程ほどにして止めることにする。
「……」
 一息ついて、眠っている彼女の顔をそっと眺める。気持ちよく眠っているその顔は見ているとこちらまで顔が
緩んでしまいそうになる。彼女の顔が整っていて綺麗なだけに余計にそう思えてしまうのだ。
「   」
 小さく彼女の名を呼ぶ。勿論、既に夢の世界へと旅立っている彼女は名前を呼ばれても反応しない。ただ静か
に寝息を立てるだけである。
 もう一度頭を撫でる。
 それに反応してか、僅かに身じろぎするものの、やはりこれといった反応は無い。
 ……こうして、何もしていなければ可愛いのに。
 いつもそう思う。本当に、顔は整っているし、性格だって猫被ってる時は特に悪いところは無い。…都合の悪
い本性を隠すのを猫を被るって言うんだけどさ。まぁ自分としては、彼女の突拍子の無い行動も、訳の分からな
いことに付き合わされる強引さも、時々見せる素直さも、全部慣れたものだ。
 そりゃあ……時々面倒だと感じるときはあるけども、一体どれだけの付き合いだと思っているのか。年の数と
ほぼ同じ年月を彼女と共に過ごしているのだ。文句は既に言いまくっているし、対処法も身につけているので今
更どうしようとも思っていない。それが分かっているからこそ、彼女も遠慮なく俺に突っ込んでくる訳なんだけ
ど。

 先ほどと変わらずに、すぅと寝息と立てる彼女はまだしばらく起きる気配は無さそうだ。よっぽど眠たかった
のだろうか。それならば、わざわざうちに来ることなく、自分の家で昼寝でもしておけばいいものを。貴重な休
日に態々うちに上がりこんで何をするでもなく昼寝とはこれ如何に。
 さて、それにしてもどうしようか。彼女が自分で起きるにしろ、俺が起こすにしろ、今はまだそんな時間じゃ
ないだろう。もう少し、寝かせておくとしよう。彼女の事だから、もう少しすれば自分で起きるだろうし。
 彼女の寝息を聞きながら、端末を弄ってひたすら新しい原稿の為に構成を練り上げていく。まだこれは使うこ
とは無いだろうが、頭に思い浮かんでいるうちに文字に起こしておこう。熟成させればいい作品になりそうだ。
そんなことを考えながら彼女と二人きりの時間は過ぎていく。

「ん……?」
「お、ようやく起きたか」
 ある程度の作業を終わらせてしばらく休憩していると、身体をうねうねと動かしながら声をあげ、ようやくお
目覚めの気配を見せる。そして目を開けてしばらく回りをきょろきょろとした後に、俺の顔を見て、
「あれ……? おはよう?」
「おはよう」
 彼女は目をぱちくりさせて再び周りをぼーっと眺める。お嬢様は未だに頭が覚醒しきってないご様子のようで。
……こういう仕草は可愛いんだがなぁ。何分、普段の様子があぁだから余計にそう感じてしまうな。
 そしてまた俺の顔を見て、にへらと頬を緩ませたあとに言葉を続ける。
「…私寝てたの?」
「うん、寝てたよ」
「ゆうちゃんの膝枕で?」
「そう、俺の膝枕で」
 答えるやいなや、緩みきっていた顔が更に緩み、学校での普段の凛とした彼女しか知らない人が見れば別人と
しか思えないほどにやけた顔を見せる。
 ……勿論のこと、俺はこちらの顔の方が見慣れているのだが。
「なんという至福! これは二度寝するしかっ」
 すかさず再度睡眠の体勢に入ろうとする彼女を妨害し、さっと回避する。さすがに2回目を受け入れるほど優
しくは無い。こちらにも都合があるのだ。
「寝すぎると夜寝られないぞ」
「うー大丈夫だよー。最近寝ても寝ても眠くて」
 ……。彼女が目をこすりながら言った言葉が心に引っかかった。
 何が原因かは恐らく見当がつく。言うまでも無く例のアレ――魔法少女としての使命――だろう。確かに使命
を全うするために動き回る事は良いだろう。彼女が選んだ道である。誰も責める事は出来ないし責められる謂れ
も無いだろう。だけど、それが原因で身体を崩してしまっては元も子もないのだ。
 よくよく彼女を見れば、寝起きにしてみれば――いつも見てきた俺だからこそ分かる――顔色が若干悪いよう
にも見える。俺には何も言ってこないが、きっと俺の知らないところで無理をしているのだろう。
 もともと彼女はそれほど恒常的に活発に活動するタイプではない。インドアかアウトドアかと聞かれればアウ
トドアに分類されるだろうけど、だからと云って動き回るかと言われればそうでは無い。そんな彼女がこのよう
なことをずっと続けていれば、いずれ身体に大きなしっぺ返しが来る事は想像に難くない。だからこそ、彼女の
無意識にブレーキを掛けさせるために、彼女にそれとなく注意をする。それが、俺が出来る数少ない事のうちの
一つだろう。
「頑張ってるのは分かるけどさ。俺の知らないところでもいっぱい頑張ってるんだろうし。だけどあんまり根つ
めて頑張りすぎると、またいつかみたいに怪我するぞ。いくら考え方が違うったって、こないだ言ってた子も同
じ魔法少女なんだろ。じゃあ目的は変わらないんだろうし、疲れたらその子に任せてしばらく休んだっていいと
思うよ。無茶を続けて取り返しのつかないことになったらそれこそ元も子もないからさ」
 肩によりかかってボーっとしている彼女の頭を撫でながら言う。彼女は少し顔を赤くしながらも、
「……うん」
 素直に返事をする。
 いつも通りの、普段の彼女なら、ひとつふたつからかいを混ぜながら答えるのだろうが、やはり疲れているの
だろう。びっくりするほど素直なこの通りである。
「つらかったら、俺に頼ってくれてもいいよ。こうするくらいしか出来ないけど」
 そう言って不器用ながらも、片腕で頭を撫でながら彼女を抱きしめる。俺は、彼女の替わりに魔女を倒す事は
出来ない。彼女の替わりに世界を救うことなんて出来ない。俺に出来るのは、彼女の心が折れぬよう、彼女をず
っと支えることだけ。
 彼女が魔法少女であるという事実を知っているのはこの世界で俺だけ。だからこそ、俺が彼女を支えていかな
ければならない。
 どんな時でも強がることが多い彼女だ。今だってきっと強がっているに違いない。
 もし、この調子のまま続けていれば、いつかきっと彼女は躓いてしまうだろう。躓く前に彼女を支えること。
そして躓いたとしても、彼女の手を取って立ち上がらせて、助けて、そして俺が出来る範囲で導いていくこと。
それが俺の出来ること。
 彼女がずっと弱気になっているところなんて見たくない。彼女は花のように綺麗にずっと笑っていて欲しいの
だ。その為なら、そんな彼女がずっと見られるのなら、俺はどんな事にだって耐えてみせよう。

 それからしばらくして、ようやく彼女の頭が完全に覚醒したようで、俺から顔を真っ赤にしながら離れ、あぅ
あぅ言いながらクッションに顔を埋めていた。
「うー恥ずかしい! ゆうちゃんにべったりくっつくなんて!」
「別にいつもと変わらないと思うんだけど」
 そんな彼女を俺はずっと眺めている。普段は俺をからかう側にいる彼女がここまで照れているのも珍しいとい
えば珍しい。……まぁ俺も、表情には出していないものの、未だにかなり心臓がバクバクいっているのだが。
 その後はというものの、親からの連絡で帰りが遅くなるとの事で、彼女と共に夕飯を作り、若干気まずい気配
のする食事を取り、やはりこの日も平和に過ごしていった。

 まだまだ平和な日々だ。俺の知る、当たり前である平和の日々。でも確実に入り込む非日常と、その平和を砕
く気配。まだ俺はそれにほとんど気づけず、舞い上がりながらも日々を過ごしていた。