彼女が魔法少女になってからしばらく経った日のこと。 土日祝日の3連休を利用して、停滞気味だった原稿を一気に進められたので、若干修羅場状態だった原稿にも 少し余裕が出来、気晴らしに散歩でもしてみようと思い立って、自分でも珍しいとは思いながらも久しぶりに自 主的に外へ出た。 太陽は既に沈んでいるものの、まだまだ周りは明るい。……とはいっても、もうしばらくすればすぐに暗くな るだろうが。 適当にコースを決め、それほど長くない散歩を開始する。 家から出てすぐのところにある公園では、小学生であろう子供たちが元気に遊んでいる。元気なのはいいこと なのだが、そろそろ帰らなくていいのだろうか。そろそろ怒られそうな時間だが。 そうして歩いてしばらく。目的の場所の近くまでたどり着いた。この角を曲がり、人気の無い公園を抜けて裏 道を歩いて、そこから更に少し行けば……。 散歩のお陰で気分はリフレッシュされて、気持ちはアップテンポ。 久しぶりに感じる軽い気分で公園への角を曲がり、公園へと足を踏み入れようとしたそのとき、公園に誰かが いるのが目に入った。いや正確には公園の地面に倒れているというのが正しい。公園の真ん中を堂々と陣取り仰 向けで寝ている。……ちょっとどころかかなり怪しい。 誰だと思いつつ、倒れている人物と距離をとりながら近づき、そのまま公園の中を通り過ぎようとしたところ で 「……ん?」 暗くて見えにくかった、倒れている人間の正体が明らかになった。……腐れ縁で、家族よりも一緒にいる時間 が多い例の魔法少女の彼女である。 ……こいつは一体何をしているのだろうか。警察に補導されたいとでも言うのか。 最近は随分とマシになってきたとはいえ、いろんな意味で、結構なレベルで頭が残念な子なので、この状況下 ではなるべく・極力関わりたくないというのが本音だが、さすがに知り合いを放置するのは気が引けるので、加 えてこのまま放っておくと後が怖いので、彼女の許へと歩み寄る。 地面に仰向けで寝そべっている彼女は空を見ていた。特に何かをしている訳でもない。ただ地面に寝そべり、 空を見上げていた。 「……おーい。お前何やってんの。もう大分暗くなってるから……ほら、帰るぞ」 起き上がらせようと、手を伸ばすが、彼女はそれに反応することなく、未だ空を見ている。どうしたのだろう かと思っていると、長いため息を吐きながら彼女はようやく反応した。 「はぁぁ。…あ、ゆうちゃん。やっほー。原稿おわったの?」 「ほとんど終わったよ。今は丁度息抜きの散歩。ほら、暗くなるから早く帰るぞ」 「……ん」 再び彼女に手を伸ばし、身体を起き上がらせる。そして半身を起き上がらせた状態で彼女は口を開く。 「私が魔法少女になったってこと、覚えてるよね」 「…ん、……覚えてるよ」 いきなり何を言い出すのだろうか。 あんな出来事をそう簡単に忘れるはずも無い。あれほど衝撃的な事実を聞かされることなんて長い人の一生で もそうそう無いだろう。それこそ彼女から「出来ちゃったの……」とか言われない限りは。 とっとと帰らせようとしたものの、彼女の目が普段ではほとんど見ることの出来ない真剣な目をしていたので、 引っ張ることはせず、そのまま彼女が口を開くのを待つことにした。どうしたのだろうか。 「ゆうちゃんには殆ど言ってないから、多分知らないだろうと思うけど、……私ね、あれから何度も魔女やその 使い魔と戦ってたの。この街でね。時には危険なこともあったけど、なんとか勝ってきたし、まだまだだけど、 ちょっとずつなら経験も積めてきたと思う」 彼女がぽつぽつと言葉を紡ぐ。何が言いたいのか、未だ図りかねるが口を挟むのもどうかと思い、何も言うこ となく、彼女が続きを話すのを待った。 「でね。この街にはもう一人魔法少女がいたらしくてね、しかも私よりも先に魔法少女になってたみたいで。… …さっきの話なんだけど、私が魔女の使い魔を追いかけてたらその子がやってきてね。その子が私の邪魔をして 使い魔を逃がしちゃったのよ」 よくよく考えたら当たり前の事だが、彼女以外にも魔法少女がいたことにほんの少しの驚きを覚える。まぁ、 彼女以外の魔法少女を見たことが無いのだから、今まで思いつかなかったのも当たり前といえば当たり前か。 そんな事を考える間にも彼女は先を続ける。 彼女から詳しく聞いた訳ではないので、未だに魔法少女のシステムというものはさっぱり分からないが、彼女 が簡単に契約していた以上、魔法少女を生み出すのにはそうそう苦労するものではないのだろう。もしかしたら 俺が思っている以上に魔法少女はたくさん居るのかもしれない。 「でね、ほら、私ってそれなりに正義感っていうのがあるじゃない。だからさ、その子とちょっと口論になって ね。…で、最終的にはその子と戦う事になっちゃったんだけど。……魔法少女同士で戦うというのもおかしな話 だけどね。それでね」 そこで彼女は一度話を区切り、よっと言いながら立ち上がる。そして少し困ったような笑顔を向けながら 「負けちゃった」 そう言った。そして悔しいなぁと、独り言と思えるほどの声量で呟いた後に言葉を続ける。 「遊びみたいな軽い気持ちで魔法少女やるんじゃないってその子に怒られちゃったよ。……困ったなぁ。私はず っと全力でやってるつもりだったんだけど」 彼女はまた空を見る。 既に日が沈んでから時間が経っている。星空と月の輝きが目立ち始めてきた。薄着だけではそろそろ肌寒い時 間だ。 「魔女の使い魔は放置していれば、いずれ魔女になる。使い魔を倒してもグリーフシードは得られないけど、魔 女になればグリーフシードを持っているかもしれない。……だけど使い魔が魔女になるには人を喰べないといけ ない。 …目の前の犠牲を無視して、自分の利益だけを追求するのはどうかと思って、何より助けられる命を放り出す のは我慢できなくて、そう思ったからその子と戦ったんだけどね。キャリアの差なのかなぁ。手も足も出なかっ たよ」 そうして彼女はまたため息をつきながら俺を見る。目尻に涙を浮かばせながらも笑いかけ、一歩を踏み出す。 「……帰ろっか。もう遅いし、心配されると困るもんね」 彼女は歩き出す。俺に見えないように涙を袖で拭き取り、深呼吸をして俺へと振り返る。 「ゆうちゃん一緒に帰ろー! 早く来ないと置いてっちゃうよー」 そこにいる彼女はもういつも通りの彼女だった。さっきまでの弱音を吐いていた彼女はもういない。いつも通 りの元気な彼女だった。 そう見えるはずなのだが、……やはり何かが違うように思えてしまう。 何が違うといわれても分からない。だが、これだけ付き合いが長いからこそ分かる違和感。しかしその違和感 の正体が分からないまま、何か消化不良のようなものを抱えながらも、俺達はほとんど喋ることなく帰路に着い た。 「じゃあねゆうちゃん。また明日」 そうして彼女はそのまま家へと帰っていった。何か俺は言うべきだったのだろうか。彼女に何か話しかけるべ きだったのだろうか。 「あ」 「ん……、どしたの?」 彼女を一度呼び止める。しかしやはり何を言えばいいのか、俺には何も思いつかなくて何もいう事が出来なか った。 「いや……また明日」 結局、どうすることも出来ないまま彼女と別れ、俺も家へと戻った。