「私、魔法少女になったの」 幼馴染の彼女がそんな事を言ってきたのは中学3年の、ある日のことだった。 その日はいつもどおりに学校に登校し、刻々と迫りくる受験と卒業に、あまり実感が沸かないながらも楽しみ にしていたような、そんななんてことない日常のうちの1日だった。 だからこそ、唐突にそんなことを言ってきた彼女をつい可哀想な目で見た俺を、一体誰が責められようか。 よく考えて欲しい。普段、少し――彼女の名誉のために「少し」としておくが――言動がおかしいとしても、 こんな電波なことを言われたら「あぁ、ついに黄色い救急車を呼ぶ時が来てしまったのか」と思わない訳にはい かないだろう。 そんな風に考えて彼女を白い目で見ていた俺を鞄で、しかも全力で一回転の勢いをつけて殴るのはやめて欲し い。冗談抜きでマジで痛いから。暴力は反対です。 彼女はぷりぷりしながらも通学路を先に行く。俺も彼女も同じ学校且つ徒歩通学なので、先ほどの光景を見て しまった道行く自転車通学の生徒たちに変な目で見られながらも、置いてかれないように早足で彼女に追いつく。 ……それにしても、どうして魔法少女なんだろうか。わざわざそんなファンシーなものを取り上げる辺り、何 かの影響があるとは思うのだが。 最近で、そんな影響されるようなアニメとか作品なんてあったっけ……。 そう考えるも、特に思いつかないので、どうせまた彼女の気まぐれだろうと決め付け、これ以上はその件につ いては反応することなく放置する事にした。とりあえずファンシーなのは頭の中だけにしておいてほしい。 変に反応するからこういう輩は助長する訳で、放置すれば知らずのうちにまた元に戻るだろう。そうしないと 俺の胃に穴が空くに違いない。 ……と、思っていたのだが、何故か学校の帰りに詳しい事を聞く事になった。 帰り際に彼女から言い出したので、まだ電波が続いているのかと考えようとしたところで彼女が鞄を構えたの で、大人しく聞かざるを得なかった。本当に怖い。 ため息をつきながらも彼女についていく。まぁ、さっき彼女とは通学路が全く同じなので、寄り道せずに帰る とすれば一緒になるのは当たり前なのだが。 ところで、魔法少女といえば、普通ならば日曜日の朝とかにやっているようなファンシーなものをイメージす るものなのだが、彼女の頭の中の実際はどういうものなのだろうか。 ……正直言って、彼女にそういうものは似合うとは思えない。 うん、どう頑張ってもそういう方向に持っていくのは苦しいと思う。まぁコスプレ的には似合いそうだが。コ スプレ映えする体躯ゆえに。 家の近くにある公園で話を聞くことになった。別に現在我が家は俺以外には誰もいないから家に呼んでもよか ったのだが、俺の提案は華麗に彼女に無視された。 彼女が言うには、キュゥべえという、動く白いぬいぐるみから、「魔法少女になって魔女と戦って欲しい」と 告げられ、それをそのまま承諾したそうだ。意味が分からない。こいつは何を考えているんだ。そして何を言っ ているんだ。 なんでも、「願い事を一つ、なんでも叶える代わりに魔法少女となり、この世に巣食う魔女と戦って欲しい」 のだという。 個人的には魔法や魔女という言葉が出てきた時点で、胡散臭さが半端無かったのだが、非常に残念なことに、 当の彼女が俺の目の前で"魔法"を使ったので信じざるを得なかった。 勿論、始めはどこで瞬間着替えやその他のマジックを仕入れてきたのかと問い詰めたのだが、その後々に常識 ではどうやっても説明できないモノを披露され、結局は彼女の使う"魔法"というものの存在を信じざるを得なく なってしまったのだ。 魔法少女の衣装となるコスプレ(にしか見えない)は地味なのか派手なのか判断の難しいものであったが、こ の衣装は魔法少女のあり方と思い描いたものがカタチとなって現れると聞いて、あぁこいつの中途半端さがここ に現れたんだなと納得した。思わず口に出したら腹パンされた。昼飯が出かけた。 ……さて。魔法の存在と、魔法少女というものを理解したはいいものの、いろいろと不可解な点があったので、 彼女にいろいろ問うてみたのだが、どうやら彼女もまだ詳しくは知らないことが多いらしい。ほとんど何も聞か ないまま、成り行きで契約したため、詳しい内容については追々聞くつもりであったらしい。おいおい……。 質問の一つとして、いつまで魔法少女を続けるのか聞いたのだが、なんとコレに関しては終わりが無いらしい。 魔女がこの世に存在する限り、魔法少女は戦い続けなければならないという。 故に、そう簡単に契約する人間はいないらしいのだが、幸か不幸か頭がいろんな意味で残念な彼女は感性が普 通の人間ではないので……。そしてこの結果である。 一度魔法少女になった以上、ほぼ一生魔法少女として戦うことを義務付けられたと言われ、思わず愕然として しまった。 彼女は気楽にやっていくと答えたが、戦いというものはそういう考えではやっていけないだろう。魔女が現れ たら、授業中であろうと通学中であろうと戦いに赴かなければならないだろう。そしてそれが魔女がいなくなる まで続く。 自分の一生を犠牲にしてまで、彼女はその力を得たのだ。確かに、彼女の感性は普通では理解できないものが 多々存在するし、行動やその他に於いても本人よりも周りが頭を痛めるような事が多い。しかし、だからといっ て彼女は決して頭が悪い訳ではない。学業成績としては勿論のこと、知性の点で言えば俺らは勿論のこと、教師 ですら驚かせる程のことを難なくやってのける。……それ以上に特異な行動・言動が目立つ事はまぁしょうがな いとしてもだ。 だからこそ理解が出来ないのだ。そんな彼女であれば少し考えるだけで先が、ゴールが見えないレールへと方 向を転換することの危険性が分からない訳が無い。それにも関わらず、彼女はどうしてその道を選んだのか。少 し感情的になりながらも彼女に問うたのだが、理解していると答えられたうえ、結局はぐらかされ、それ以上質 問答えることは無かった。 「ま、お前が納得してるなら俺は何も言わないよ。っていうか何を言ってもどうせもう戻れないんだろ?」 「その通りー。少女の憧れ、少年の羨望の的、魔法少女! そんなのになった私はまさに素敵! いいねいい ね! なんだかテンション上がってきた!」 言語化不可能な言葉を叫びながら走り出そうとしている彼女を止めながらもため息を一つ。今の話が本当なら、 世界の平和が彼女に掛かってる。大げさに言えばこんなものなんだろう。 ……とてもそうには見えないのだが、そういうことなのなら仕方が無い。俺にはどうしようもないことだ。 少々心配ではあるが、引き際は自分で判断出来るだろう。何かあれば俺に頼るだろうし、これ以上は何を言お うが無駄であろう。 「まぁ無理しない程度に頑張ってくれ。俺には関われない話だろうしな」 ちなみに何を願って魔法少女になったのかはまったく教えてくれなかった。