・加賀さんで建造


「どうしてうちの艦隊には一航戦以外の空母が居ないんだ」
 提督は悩んでいた。
 その提督が指揮する艦隊には、正規空母は2隻しかいなかった。一航戦の赤城と加賀。性能でいえばその2隻が
いれば航空戦力としては十分なものといえるだろう。
 しかし、それでも更なる航空戦力の強化を目指すその提督にとって、正規空母の数が少ないというのは致命的
な痛手であった。
「やっぱり、加賀がいるからかね」
「私に責任を被せようとしないでください」
 提督の知る限り、この加賀はとにかく五航戦の子に対して不遜ともいえる態度を取り続けている。同じ一航戦
の赤城はそれほど気にしていないのに、どうしてそこまで態度が違うのだろうと提督は少しばかり疑問に思う。
 航空戦力の増強に向けて、資材は十分な量を確保している。現在の鎮守府で保管出来るほぼ最大の量を常に確
保しているし、弾薬や鋼材に関しては倉庫に入りきらないほどだ。
 それほどまでに準備は整っているというのに、全く以て新しい空母はやってくる気配は無かった。
「やっぱり加賀の所為かね。うちの艦隊じゃ五航戦嫌いの加賀が一番練度高いし」
「それは私の所為じゃありませんし、別に嫌っている訳でもないです」
 おかしな誤解をしないでくださいと言い捨てるようにして加賀は部屋から出て行ってしまった。

 ある日のこと。
 陽も暮れかかり、あたりは夕焼けから夕闇の世界へと変わりつつあった。
 提督はそれを執務室の窓から眺めながら黙々と仕事をしていた。
 今週に入ってからはとにかく仕事の量が多かった。元々の日次、週次任務に加えて大本営から様々な変更の通
達が為され、それを艦娘たちに周知させなければいけなかったことがあったためにとにかくすることが多かった
のだ。その為に朝から晩まで執務室で仕事をしている間は休める時間が無かったほどであった。
「あ、任務忘れてた!」
 日次任務のうち、戦力増強のため、各提督に通達されている武装の開発や艦の建造などといった類のものがあ
る。任務の完了により少量とはいえ資材を受け取ることが出来るため、強制ではないもののほぼ毎日、その提督
は任務に則った開発・建造を行っていた。
 しかし今日は忙しかったのか、その任務の存在が完全に頭から抜け落ちていた。
 急いで工廠へ向かい、日次任務を完了させる。開発・建造、それぞれを合計4種類。どうせ大それたものは然
う然う出来ないと思いつつも、一縷の希望を込めて特定の資材の割合にしつつ開発と建造を急ぐ。
 やはり今日もめぼしいものは出来ないのかと、出来上がったものを眺めつつ、提督はため息をつく。提督の隣
にいる秘書艦である加賀は無表情であった。
「とりあえず、最後の建造だ。これが終わったら今日は仕事おわり。とっとと帰って寝ようか」
 眠さが襲う中、提督は資材をそれまでの3回の建造とは異なる割合で投入した。
 燃料3、弾薬0.3、鋼材4、ボーキサイト3
 そして一縷の希望ではなく、一分の希望として、ボーキサイトを一掴み増やしての建造。
 これで建造したとしても、どうせ自身が希望するものは造れない。そう都合よく造れるのであれば苦労しない
し、今頃すでにこの鎮守府は多くの艦娘で溢れかえっているはずだ。
 ため息をついて工廠を出る前に最後にひとつ、建造班にどのくらいの時間がかかるのかだけ聞き、工廠を出た。
「6時間きたぞおおおぉ!!」
 都合のいい結果がそこにあった。

 翌日。
「さぁ待ちに待ったお披露目式だ。一体何が出来るのやら……いや、何が出来るのかは分かっている。どっちか、
が問題だ。いやどっちが出ても大歓迎なんだけど」
 朝から提督は気分が高揚していた。まさかこんなに都合良く、五航戦を迎え入れる事が出来るとは考えてもい
なかったからだ。
「加賀もやる時にはやってくれるんだな。さすが一航戦」
 対して秘書艦である加賀は無表情であった。それ自体はいつもと変わらないが、雰囲気が普段とは違った。簡
潔にいうと、とにかく機嫌が悪そうであった。
 しかしそれを気にしているような素振りは無く、提督はこれから迎え入れる艦娘のことで頭がいっぱいであっ
た。
「さぁ、出よ五航戦! 我が艦隊へようこそ!!」

「翔鶴型航空母艦二番艦、妹の瑞鶴です。よろしくおねがいします」
 提督と歓声と、加賀の大きな舌打ちが工廠に響いた。






・電ちゃん女神


 吾輩は提督である。名前はもう捨てた。
 どこで仕事をしているのかは大体は理解している。何でも電灯が切れかけで薄暗い鎮守府でハアとため息をつ
いている事だけは記憶している。吾輩はここで初めて艦娘というものを見た。しかもあとで聞くとそれは駆逐艦
という艦娘中で一番幼くかわいい種別であったそうだ。この駆逐艦というものは時々私を捕まえて遊んでくれと
言うと云う話である。しかしその当時は何という考もなかったから別段面倒とも思わなかった。ただ彼女のたち
に囲まれて、がやがやとおしくらまんじゅうをした時何だかふわふわした感じがあったばかりである。……

「はっ!? 夢か……」
 連日徹夜続きからの影響か、執務机に突っ伏して寝てしまっていたようだ。何やら不穏な本を読まされるよう
な夢を見た気がするのだが、起きた途端に内容が吹き飛んでしまった。少し残念だと思う気持ちがあるのと同時
に、恐らく忘れてしまった方が幸運だと本能が告げていた。
 寝起きの所為かまだ頭がくらくらしている。机の脇に置いているお茶をぐいと飲み干し、息を吐きながら立ち
上がる。
 執務室を見渡す。秘書艦が見当たらない。まだ外に出ているのだろうか。
 眠気覚ましに窓際へ寄って太陽の光を浴びる。太陽の途轍も無い光量に目がちかちかと痛むが、その痛みが寝
ぼけている頭を覚ますのにちょうどいい。
 窓の外には出撃命令のない艦娘たちが各々の時間を過ごしている様子を見る事が出来た。
 駆逐艦たちはそれぞれが何やら騒がしく遊んでおり、それを軽巡の数人の子がその遊びに参加しながら上手く
保護者として様子を見守っていた。
 重巡たちはあまり見当たらないが、恐らくどこかにいるだろう。空母や戦艦の一部は日向ぼっこして寝ている。
 平和な光景だ。少なくとも、彼女らが命を掛けて異形の生物と戦う艦娘であることなど、これを見ただけでは
到底信じられないだろう。
 視界を室内へと戻す。外に比べれば薄暗く感じるが、それでも洋燈のおかげで小さな窓の部屋ながら随分な明
るさを確保している。願わくば、彼女たちにはそんな陽の当たる平和な環境で過ごしてもらいたいと思うのだが、
戦況はそれを許さない。現実が、彼女らに頼らざるを得ない状況を作り出している。
 我々のような軍人は、薄暗いじめじめとした場所生きていても何も文句はない。泥を啜ってでも生きて、戦況
を有利なものへと導かねばならない。それを覚悟して、この装束を纏っているのだ。しかし艦娘たちは違う。艦
として生きながらも軍属ではない。任を解かれた艦娘は、少女として故郷へと送られる。
 敵艦との戦闘は彼女たちに任せるしかないが、それ以外の全ては我々軍人がやるべきなのだ。
 いつの日か、彼女たちの力を借りずとも保たれる平和な世界を実現させるために、我々は今日も奮闘するのだ。
 ……洒落にもなく真面目な事を考えてしまった。やはりまだ寝ぼけているのだろうか。
 そういえば秘書艦はまだ戻って来ていないのかと室内を見渡したところで、今日は休みにしていたのを思い出
した。今まで数人の秘書艦を任命してきたが、現在の秘書艦である電がその時期がもっとも長い。
 鎮守府にきて初めての秘書艦であり、辛い時を共に過ごしたもっとも信頼の置ける艦娘である。
 彼女の屈託の無い無邪気な笑顔を守るためにも、我々は戦わねばならないのである。
 そこまで思考を巡らせたところで、ふと彼女に用事があるのを思い出した。秘書艦としての仕事は休みだが、
鎮守府にいるのなら今日のうちに伝えておこうと考え、執務室を後にした。

 じりじりとした日射しが身体を焼く。暑い。
 これは日焼けしそうだと照り返す地面を見下ろすようにして項垂れる。さっさと用事を済ませて中に戻ろう。
 駆逐艦たちがわいわいと遊んでいた処へと赴き、電を探す。遠目から電だと思ったら雷だったりして少しばか
りややこしい。そして電は見つからない。
 ふらふらと鎮守府の周辺を探しまわる。鬼ごっこをしているのかかくれんぼをしているのか。よく分からない
がとにかく電が見つからない。どこに居るんだ。
 建物の角を曲がろうとしたところで人影が見え、避けようとした時には時既に遅し。
「電の本気を見るのです!」
「ごふっ!」
 死角から飛び出して来た電に勢いよく突進され、突撃して来た電と一緒に吹き飛んでしまう。
「きゃああ司令官さん!?」
 背中から勢いよく地面へ叩き付けられそのまま地面を流れるように転げまわる。
 腕に抱いた電はなんとか無事のようだが、先月新調したばかりの制服がぼろぼろになってしまった。……おお
う。
 医務室へ行こう……。おろおろと心配する電に問題ないとにこやかに微笑みかける。
 当初の目的は既に消え去り、他の駆逐艦たちにも手を振りながら再び鎮守府の中へと戻ることにした。






・北上さまマジ北上さま


「提督に連絡ですよー、はい」
「あぁ北上か。ありがとう、おつかれ」
 背もたれに身体を預けて息をついていると、現在の秘書艦である北上が書類を持ってやってきた。まだ中身は
見ていないが、どうせ大本営からの連絡事項だろう。任務通達とかその他諸々の。
「何か疲れてる? 大丈夫?」
 机に置かれた書類を手に取ることなく、背もたれにもたれかかったまま目を閉じていると、北上が少し心配そ
うに顔を覗き込んで来た。
 特に疲労している訳でもないのだが、時折こうしてふと休みたくなる時がある。
 提督という役職は自身の艦隊すべての艦娘の命を預かっているに等しい。身体に疲労はなくとも、心の疲労と
いうものはずっとのしかかっているのだ。その重圧を押しのけてこそ、この仕事は務まるといえるだろう。
「いや、問題ない。……ただ、仕事詰めだったから少し身体を休めたいな。休憩するか」
 立ち上がり、執務机の前に置かれている、来客接客用のソファへと身を移す。沈み込む身体の感覚に思わず吐
息が漏れる。
「そうだと思って、休憩の準備は出来てるよー。冷たいお茶でいいよね?」
「あぁ、ありがとう」
 気怠い言動や行動で少しばかり近寄りがたい雰囲気を持たれるかもしれないが、北上は見た目よりもずっと気
配りが出来、優しさと母性を持った艦娘なのだ。
 経験を積ませるために何人かの艦娘を今までに秘書官に任命したが、そのどれとも違う、不思議な雰囲気を持
っているのがこの北上だった。
 北上が淹れてくれたお茶を口にして、お茶請けのお菓子をつまむ。今日の茶請けは丁稚羊羹だった。そういえ
ば幼い頃に実家でよく食べていたことを思い出し、目を閉じて少しばかり昔の記憶に思いを馳せる。
 随分と自分の周りも変わったものだ。昔は自分の周りには目上の人間しか居なかったというのに、今となって
は大勢の艦娘たちを指揮する立場にある。この鎮守府の中でも、敬うべき相手など数えるほどしかいない。
 時の流れとは残酷なものよとそんなことをしみじみと考えていると、対面のソファに座っていた北上がこちら
をじいと見ていた事に気づいた。
「どうした」
「いや、……なんだか随分と表情が変わるもんだから、どうしたのかと思って」
 ずっと見ていたのか。
「北上の事を考えていたんだよ。仕事がよく出来て、気配りも出来る、しかも可愛い北上が秘書艦で良かったな
と」
「はいはい、提督のお世辞はいつ聞いても嬉しいですよー」
 ふいと顔を背けてお茶をすする北上をお返しとばかりにまじまじと眺める。ふるふると少しだけ揺れる三つ編
みがなんともいえない可愛さを醸し出している。
 しばらく眺め続けていると恥ずかしさからかやめてくれと懇願された。ここでそのまま続けるのも乙なものだ
が、乙女の願いを聞かない訳にはいかないので心残りだが北上を眺め続ける仕事は終わりとする。
 深呼吸をして大きく息を吐き、立ち上がる。さて、提督としての仕事を再開させよう。
 脇で待機する北上を横目に残っている作業を片付け始める。艦娘たちの指揮をしていても、提督としての仕事
はそれ以外のものも多い。書類に署名したり様々なな備品や資材の管理状態の確認をしたり、補充補填の申請が
必要かどうかを確認するなど、前線に出る以外の仕事も十分にある。
 それらの仕事を時には一緒に手伝い、時には叱咤激励し、時には疲れた時の清涼剤として我々提督の補佐を仕
るのが秘書艦である。
 仕事が終わるのを何をするでもなく待ち続けてくれるのはすまないと思うのと同時にありがたく感じる。

 ちなみに個人的に北上が好きな点として、北上は秘書艦として居る時は眼鏡をかけて仕事をしている。
 これがまたなんとも似合っているのだ。
 普段は眼鏡をかけていない子がこうして眼鏡をかけると、その差に思わず心が騒いでしまうのだ。似合ってい
るのがまたなんともいえない。かわいい。
 北上は普段のように眼鏡をかけていない時でも可愛いのだが、眼鏡をかけた状態でもかわいい。とてもかわい
い。
 むしろ常にかけていてほしいくらいなのだが、北上の性格からして眼鏡の事を話すと恐らく秘書艦として居る
時にも掛けないようになってしまいそうなのだ。口惜しいが、この僅かな時間だけで堪能しなければならない。
 さて、仕事はあと少しで終わる目処が立った。颯と終わらせて解放されよう。
 横には眼鏡を光らせる可愛い北上が居るおかげで何よりもの活力剤となる。終わればまた休みつつ眼鏡の北上
を眺めて癒されようではないか。





 

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