いつも通り自室で暇を潰していると、騒がしくドアを開ける音と共に彼女がやってきた。
「とりっくおあとりーと!!」
 ……さて、いきなりこんな事を言ってきたこの阿呆をどうしようか。
 そう考えながら机の上にある卓上カレンダーをちらりと見ると、今日は10月最終日。どうやらそういうことら
しかった。
 ずっと篭っていると、外界の事などすっかりどうでもよくなってしまうので、ついつい日を忘れてしまうのだ。
「とりっく! おあ! とりーとぉ!」
 ちらりと彼女の方へと視線をやると、随分と凝った衣装に身を包んだ姿がそこにあった。かぼちゃを頭から被
り、そのかぼちゃには小さな三角帽がちょこんと乗せられている。魔女が被るようなあれのミニチュアだ。
 身体はまさに魔女が来ていそうな、ワンピースのようなものをを着ていてその上にマントのような外套を付け
ている。……もちろん、そのワンピースはかぼちゃがテーマなためなのか、オレンジのかぼちゃ色ではあったが。
「おっかしおかし〜! お菓子くれなきゃいたずらするぞ! 仕事はしないぞ!」
 宣言しなくとも、お前は何も仕事をしていないだろうが。最近仕事もせずに何かをしているかと思えばこんな
事をしていたのか。変な所だけは凝るのは昔から変わらない。
「で、ハロウィンだから菓子を寄越せと?」
「その通り! 今日は周りの家からお菓子をもらえる日! 周りに家どころか人すらいないからゆうちゃんの所
に来たよ! 同じ家の中だけど!」
 という訳でお菓子ちょうだい! と元気にのたまう彼女だが、そもそもハロウィンでお菓子を貰うのは子ども
だけであって、大人はそう言う事しないもんだが……。まぁイベントじゃあそういうのは関係ないけどさ。
 そもそも。
「ハロウィンやるのは夜だ。今はまだ昼だろうに」
 部屋に窓が無いから時間感覚が失われそうだが、そもそも今はまだ真昼間なのである。少し前に昼ごはんを食
べたところなのだ。真昼間から仮装をされても、滑稽な姿にしか見えないのである。やっている本人は全く気に
していないだろうが。
「え、そうなの? てっきり一日中やるもんだと思ってた」
「そもそも去年も一昨年もその前もずっとやってるのに、今年だけ一日中になる事はないだろう……」
 そういうことである。なんだかんだで彼女はここ数年、ずっとハロウィンを一人でやっている。彼女が仮装を
して仕事をしている俺の部屋に駆け込み、「とりっくおあとりーと!」と毎年のように言っているのだ。その度
に俺はお菓子やらなんやらを彼女の手に持つ籠に入れている、という訳だ。ちなみに籠の中に入れたお菓子はそ
の後のコーヒータイムで一緒に食べている。
 じゃーいいや、と言い残して彼女は部屋から去っていってしまった。全く、いつも自由に行動してくれている
お陰でこっちは溜まったもんじゃない。仕事は溜まるけど。

 ……さて、そういうわけで今年はハロウィンは今日なのだ。例年ならば突然こうやって押しかけてくるので、
買い置きしているお菓子を彼女に渡す程度なのだが、せっかくこうやって昼間に思い出したのだからたまにはこ
っちも手の込んだものを仕込んでみたいものだ。
 何を作ろうかとしばしの間悩む。
 せっかくハロウィンなのだから何かかぼちゃを使ったものを作りたいとは思う。材料は適当にあるだろうから、
出来るだけ何か彼女を驚かす事のできるようなものがいいとは思うが……、何がいいだろうか。
「クッキー……は簡単だけどちょっとインパクトに欠けるしなぁ。タルト……も悪かないけど、やっぱり小さい
とどうにもなぁ……」
 ぶつぶつと呟きながら部屋を出てキッチンへと向かう。棚においているお菓子本をパラパラとめくりながら、
彼女のために作るお菓子を思案する。……こう考えると、なんか俺尽くす男みたいだな……それは困る。
 まぁそんなことはどうでもいいとして、だ。出来ればやはり簡単なものが良いだろう。手の込んだ芸術作品み
たいなものを作ってもいいが、恐らく時間が足りないだろうし、まず何より技術が無い。一般的な男性よりもち
ょこっと家事が出来る程度なのだからあまり高望みしたものを考えてはいけない。
 となるとやはり作れるものは限られてしまう。ケーキは作れない事も無いが、スポンジを作るのが面倒だし、
何より失敗したら悲惨な事になる。膨らまずに堅いスポンジを食うなど惨めな気分になるのでこれは避けたいな。
 冷蔵庫とは別の野菜置き場からかぼちゃを丸々一つ、どんと取り出す。堅い緑の皮に包まれた中身はオレンジ
色の甘い果肉。この堅い皮の中には菓子にも料理にも何にでも使える夢の材料が詰まっているのだ!
 なんて阿呆らしいことを考えていたところでポンと思いついた。
「……これ丸ごと使えそうだな」
 思いついてからの行動は早かった。このでかいかぼちゃじゃちょっと無理だし、再び野菜置き場へと戻りかぼ
ちゃを探し出す。もう一つあったかぼちゃは先ほどのかぼちゃよりもかなり小粒なものだったが、このくらいで
丁度いい。
 しかしよくよく考えるとこれだけだとすぐに作り終えてしまいそうだ。やはり他のものも並行して作ろうと他
の材料を探し出す。夕飯を作り始めるまでまだしばらくの時間がある。それまである程度の仕込が終わっていれ
ば、問題ないだろう。
 という訳で今年は久々に、いや初めてだろうか、豪華なハロウィンをしてやろうではないか。たまにはこちら
から驚かせるようなこともしないと、何かにつけて毎回毎回こちらが驚いているのだから割に合わない。本気
モードの俺、いきます!
 まずはかぼちゃを丸ごと使ったメニューの方の作り方を考える。ネットを使うのは面倒なので頭を使うしかな
い。
「まずは丸ごと柔らかくしないと」
 どうせ1個丸ごと使うのだから、そのままぽいとやっても問題ないだろう。という訳でレンジでしばらくの間
柔らかくするために暖める。
 柔らかくした後は頭を切って身を取り出して……。
 こっちのほうは大体思いついたので、次の作業へと取り掛かる。冷蔵庫からいくつかの材料を取り出しながら
他のメニューで使えるものを考える。
「これとこれと……お、こんなものも残ってたのか。まだ使えそうだしこれも使って……」
 せっかくサプライズ的にやるのだから彼女に見つからないようにしようと思いながらも、何だかんだで楽しん
でしまい、大掛かりになってしまったが、まぁこれはこれでいいや。
 やっているうちにどんどんノってきてしまい、次第にテンショングングン上昇!てな感じで気合が入りすぎて
しまった。
 最初の予定では2つほどしか作らないはずだったのに、気づけば結構な量の菓子の生地が出来上がってしまっ
ていた。
「……まぁ、これはこれで…・・・」
 俺が楽しむ分には少々予定よりズレてしまっても問題ないだろう。彼女も喜ぶだろうから。
 で、との彼女はというと、大体のお菓子を作り終えてから、菓子を作っている間やけに静かだったため彼女の
部屋へと行くと案の定というべきか、お昼寝の時間だった。
「……」
 ま、そうだろうな。
 毛布をかけなおして部屋を出る。ぐっすり眠っているようで、寝言すら言わない今の彼女はやはりと言うべき
か、可愛いと言わざるを得ない。何もしてなけりゃあ、こうなのに、どうして起きてる時はあんなに爆弾みたい
なのだろうか。ま、それも含めて彼女の魅力なのだろうが。
 どうせ晩御飯の準備が出来た頃にはタイミングよく起きるのだろう。それまではゆっくり出来るのだから、今
のうちにいろいろとこなしておかなければ。

 その後適当に夕飯を作りはじめたところで、夕飯にかぼちゃを使った料理が無かったら文句が出るかなと少し
思いながらも、まぁどうせその後でかぼちゃのデザートがたくさん出るからいいだろうと思い直し、再び料理を
作り始める。
 まぁ食後のデザートが随分と気合入ったものだし、夕飯は少々手抜きにしても構わないだろう。

 あらかた作り終えてさて盛り付けだというところでドアががちゃりと開き、寝起きの彼女がそこに現れた。
「うー、おはよう」
「ん、おはよう」
 夕飯を盛り付けながら彼女へと挨拶する。朝はやけに強いのに、昼寝のときに限っては寝起きが悪いという変
な癖があるのだが、いつもの例に漏れず、今回もまだ眠気が抜けきっていないようだ。ふらふらしながら冷蔵庫
から水を取り出しごくごくと飲んでいく。
「あーよく寝た。今日のご飯なに?」
「いつも通りの適当メニューだよ」
 正確にはハロウィン用のお菓子に気合を入れすぎた所為で気力が持たなかっただけなのだが。
 そんな事は知らない彼女は特に気にする事もなくカウンターに置かれた料理を机へと配膳していく。
 いつものようにあった食材で作ったものではあるが、手抜きは最低限しかしていない。しっかりと食べられる
料理にしているのは俺のプライド故だろうか。
「さてと、とりあえずまぁ食べますか」
「そだねー。いただきまーす」
 手を合わせて合掌。
「あ、そういえばお昼寝したらなんかハロウィンどうでもよくなっちゃった」
 適当になんでもない話をしながら食べていると、ふと彼女がそんな事を言い出した。
 別にそれ自体はどうでもいいのだが、せっかくイベント用に作った菓子の意味が無くなってしまうのは少々残
念だった。
 普通に返事を返したはずなのだが、その微妙な機微を読み取ったのか、彼女はいやらしい笑みを浮かべながら
再び口を開いた。面倒なことを言うのは目に見えている。
「あれあれ? もしかしてあの衣装気に入っちゃった? あれ児童用のラージサイズを買ってきたんだけど、も
しかしてああいうのが好きなの? まさかあの衣装着た私にメロメロだったりするのかな!」
「うるさい万年ロリ」
 誰のために午後の半日を使ったと思ってるんだ。
 まぁもちろんそのことを知らない彼女に対して何か言ったりするのは筋違いなので、この後は無視して黙々と
食べ続ける事になるのだが。
「ごっちそうさまー」
「はいお粗末様」
 食器を水につけてしばしの休憩。
 その後皿洗いを済ませて、お茶を飲みながらゆっくりしていると、隣に座っていた彼女が突然立ち上がった。
いきなりガバっと動くもんだからびっくりした。驚かすなよ。
 それからなにやら彼女が部屋に戻ったかと思うと、昼に来ていた衣装に再び着替えてやってきた。
「Trick or Treat!!」
 やけに完璧な発音と共に彼女が差し出したのは、毎年俺がお菓子を入れている、手のひらよりも少し大きいサ
イズの籠。なんだかんだ言って今年も結局やるようだ。
「はいはい」
 そういって俺はキッチンへと向かい、冷蔵庫から完成したお菓子たちを運び出す。
 まさかこれほど手の込んだものを作っているとは思わなかったのか、それを見た途端、ぎょっとした表情を彼
女は見せた。へっへ、作戦成功だ。
 もちろん彼女の手に持つ籠には入りきらないので、直接手渡しになるのだが、受け取った彼女は妙に上機嫌に
なっていた。
「まっさかゆうちゃんがこんなに手の込んだことをしてたなんてねぇ。お昼寝するんじゃなかったかなぁ」
「起きてたらバレないようにするから、もっとショボくなってたかもしれんがな」
 じゃあ寝てて良かったねと彼女は笑った。ま、なんだかんだ言って彼女の笑顔が見れるなら頑張った甲斐があ
ったものだ。
 さっそく食べたいというので、コーヒーや皿などを準備して再び椅子に座る。彼女は準備している間、俺の渾
身の出来のお菓子をずっと眺めていた。見た目自体はなかなかインパクトのあるものになったので、こうやって
見ていると思わずガッツポーズをしたくなる。
「これほんとすごいねぇ。中身くりぬいて容器にしてるなんて面白い!」
 皮を容器に中身はそのまま生地にした、かぼちゃを丸々使ったかぼちゃプリンに、かぼちゃのチーズケーキ、
ジャックオランタンの顔が中にあるマーブルクッキーなどなど、ちょっとしたお菓子パーティ状態である。自分
でもよくもまぁこんなに作ったものだと感心する。
「ん、おいしっ」
 彼女の満面の笑み。何だかんだ文句を言いながらも、これのために俺はお菓子を作ったのだ。
 ありがとうの感謝の言葉もいいが、この笑顔こそ、もらって一番嬉しいものだ。まさに冥利に尽きるってやつ
だろう。
 笑顔と共に夜は更けていく。
 ずっと変わらない、それでも毎年少しずつ変わっていくこの世界で俺は彼女の隣で生きていく。
 こうしてハロウィンの夜は更けていく。幸せな世界へとずっと続いていく。

 
 

 

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