リンドウさんが戻ってきた。いや、正確に言うと俺が頑張って連れ戻したんだけど。
 その過程でレンを失うことになってしまったが、あいつはそれで後悔は無いみたいだった。……あいつにいろ
いろ言いたいことがまだあったけれど、それももう叶わないことだ。そうだ、いつまでも過去のことに囚われて
いては駄目だ。そもそもそんな余裕がずっとある程、この極東支部は平和じゃない。

 それよりも、だ。リンドウさんが戻ってきたことで少し、いくつかの不安要素がある。
 まず一つ目はサクヤさんのことだ。リンドウさんが居なくなったということで、これ幸いと部隊長権限でセク
ハラしまくったからなぁ。それの報復とかがあると俺は社会的にも、人道的にも、物理的にも死ぬ。マジで死ぬ。
 そもそも事の発端はというと……基本的に俺たち神機使い――つまりはゴッドイーターは防護のために着重ね
るということはしない。そもそもアラガミとの戦いで重要なのは機動力であるし、少々硬い装備を着込んだから
といって、それでなんとかなるほど戦場は甘くない。それに、俺たちはオラクル細胞の活性化による変化で、あ
る程度は体内構成を短期間ながら変化させることが出来る。アラガミの因子を取り込んでしばらくならば、活性
化の効果で防御はかなり優秀になる。皮膚が硬くなるというわけではないのだが、とにかく丈夫になるのだ。
 という訳で俺たちには重装備など必要なく、好きな服装で任務に向かう訳だが、その特性と権限をフルに活用
して、サクヤさんにコスプレのような格好をさせて出撃させたことが偶にあったのだ。なお、今回は俺の名誉の
ために、偶に、と言っておこう。一時期ほとんどそれで出撃させたことなど、決して公にはしない。
 始めは嫌がっていた、というよりも完全拒否で、アリサとともにドン引きです状態だったわけだが、今は半世
紀ほど前とは違い、物資が乏しくそうそう頻繁にお洒落など出来ない世の中だ。少なくとも、俺の知る限りサク
ヤさんの普段着は3・4着くらいしか無い。勿論、部屋着やお出かけ用、勝負服といった俺が見たことの無い類
の衣類はあるだろうが、頻繁に目にするものは大抵一緒なので、よく着るものはそれらしかないのだろうと俺は
断定していた。
 そこで俺はそこに付け込み、なおかつ「似合うって! サクヤさんなら絶対似合うって! むしろサクヤさん
でないと似合わないから!」とサクヤさん推しを続けた結果、始めは拒否ったままだったものの物は試しで……
となんとか着てくれて、なんだかんだで気に入ったのか、嫌々言いながらもちょくちょく着てくれるようになっ
たのだ。うへへへ
 で、そのうちサクヤさんもミッションにおけるチャイナ服の実用性を求めるようになってきて、スリットを気
づけば深く切り込みを入れていたのを発見した時は思わずガッツポーズしてしまったね。アリサのギリギリス
カートに加えてサクヤさんのミラクルチャイナ服。俺は幸せというものを、このゴッドイーターの仕事を通して
見つけてしまったのかもしれない。そう感じるほどに俺は感動していたのだ。あれほど心がざわつき、動かされ
たことなどそうそう無い。というか初めての体験といってもいいくらいだった。内から湧いてくるあの感情。リ
ビドーというべき内面からのエネルギー。あれはもう、とにかく凄かった。
 とまぁそんな感じで俺は幸せを満喫していたのだけれども、第一部隊内ではそれなりに認められていたコスチ
ューム(としかいい様が無い。俺が渡した服だけど)だが、他の部隊との合同ミッション時に、あまりにも刺激
的すぎるとの指摘を受けてチャイナ服での出撃が禁止になってしまった。
 俺は泣いたね。この世界には悪魔しか居ないのかと。悪魔とアラガミしかこの世界には居ないのかと嘆いたよ
ホント。
 まぁそれでもアリサの服に関しては何も言われていないだけ、マシなのかもしれない。アリサももっと色気の
無い服に変更しろとか言われたら俺は神機使いを辞めるぜ。何のためにこの仕事をしてるのかって聞かれたら、
アリサを視姦するためって即答するくらいにはアリサ一筋だしな。
 初めて会った時のあの冷たい眼差し、紆余曲折を経て俺に全てを委ねた時のあの信頼の目、そして先日覗きが
バレた時に見せた心から蔑んだようなあの目!
 どれもが俺を興奮させる! まじアリサちゃん可愛い。アリサかわいすぎる天使か。
 アリサさえ居れば俺は絶対にアラガミに負けない自信があるくらいに俺はアリサ大好きだしな。俺のこのアリ
サにかけるエネルギーを何かに代用できないかと真剣に考えるくらいに俺は一筋だ。
 おっと、話が大分逸れてしまった。アリサのことになるとついつい話が逸れてしまう。俺がアリサ一筋ゆえ、
これはしょうがない。

 二つ目の心配事はリンドウさんのこれからのことだ。
 リンドウさんが半アラガミ化していることは、おそらくこの極東支部内での機密事項になるのは想像に難くな
いし、ヨーロッパやアメリカ方面の支部へ情報が行く事はないので、リンドウさんが実験体になるとかの心配は
ないのだけれど、一度KIA(戦闘中死亡)認定されたにも関わらず、神機使いの仕事が可能なほどに身体が動く
ことには、いくら情報を隠していても不審に思われるだろう。最悪、他支部から調査の名目で"何か"が来るかも
しれない。
 ただでさえ、シックザール前支部長がとんでもないことをやらかした後なのだ。厄介がまた起きれば面倒な事
になるのは自明の理だ。
 俺はリンドウさんを個人的にも、この第一部隊隊長としての立場からもすごく尊敬している。以前のリンドウ
さんが保持していた、新人を含めた任務同行者の生存率9割超というのははっきりいってバケモノ級だ。
 俺やアリサという、新型ならば回復のバレットをその場で撃つ事である程度の対応は出来るものの、リンドウ
さんは旧型のブレード使い。自分の手の届かないところで何かあればもうどうしようもないのだ。それなのにこ
の数字は驚嘆、いやむしろ驚愕に値する。あとソロでのウロヴォロス討伐もありえねぇ。今でこそ、俺もそこに
名を連ねるようになったものの、自分で行ったからこそ、この困難さがよく分かった。俺はバレットである程度
消耗させる事が出来たものの、完全近接だけでの討伐は俺では厳しい。しかしリンドウさんはそれを行っている
のだ。こりゃもうバケモノとしか言いようがない。
 というわけで、リンドウさんの部隊長としての指揮、そして個人の能力は、俺にとっては永遠の憧れの対象な
のだ。たとえ俺がリンドウさんを上回る称号や戦績を手に入れたとしても、この気持ちは変わらない。それくら
いスゴいのだ。
 このような理由があるので、リンドウさんの身にもし何かあれば俺はミッションを放棄してでも助けに行く。
でもアリサがピンチなら……どっちを助けるか、ガチで迷う。
 この先、何も無い事を祈るしかないのだが、有事の際はそれなりに覚悟を自分にも、相手にもしてもらわなけ
ればならない。ま、何も無ければ問題はない話だから、そう構えることは無いだろうけど。

 三つ目は二つ目にやや被る。
 話題のメインは続いてリンドウさんだ。リンドウさんが戻ってきた点に関しては大歓迎なのだが、リンドウさ
んが再び第一部隊に戻るのか、もっと言えば隊長にまた復帰するのかがまだ決まっていないのだ。
 階級でこそ前線部隊の中では俺が一番上にいるものの、リンドウさんが復帰するのなら俺は喜んでこの役職を
譲るつもりだ。階級と役職が逆転しているというおかしなことになるものの、俺はそれでも構わないと考えてい
る。
 しかし問題はそこではない。
 リンドウさんが第一部隊に復帰した場合、第一部隊の人数が若干オーバーキャパになるのだ。
 現在のメンバーは、俺、アリサ、サクヤさん、ソーマ、コウタの合計5人。そこにまだ完全に部隊が確定して
いない新人の二人を合わせて7人だ。新人のどちらかは恐らく引き続きこの第一部隊に残ると考えると、リンド
ウさんが戻った時にはやはり7人の部隊になってしまう。防衛班である第二部隊なんかと比べるとその数のおか
しさが分かると思う。
 だから、そうなった場合は俺は新人の教育専門の小隊として動くか、全く別に、完全に独立して動こうと考え
ている。
 防衛班に異動するのは個人的には勘弁願いたいし、前線から離れるのは個人的にも、支部としても損失である
ので、そうなるとまた別の部隊を作るのが一番適当なんじゃないかと思う。一人だけの部隊、第四部隊。それは
一般には知られることの無い、暗部として活躍する特殊部隊なのだ――! とかね。まぁ無理だろうけど。
 あと他に心配なことは、部屋だね。
 隊長に就任した時に、昔リンドウさんが使っていた部屋を使えるようになったのだけど、リンドウさんが復帰
するのなら部屋を返さなければならない。前に俺が使っていた部屋がどうなっているのかは、俺一人での新人区
画へ入ることを許されていない故に知らないが、どうせ誰か使っているのだろう。となると俺の部屋が無くなる。
晴れて俺はホームレスになってしまうわけだ。史上初の元隊長のアナグラ内ホームレスが誕生する訳か。目頭が
熱くなるな……。
 くそう、神機使いになってもこんな問題が付きまとうだなんて! 神機使いになれば衣食住の心配がいらない
と謳っていたフェンリルのうそつき!
 やはりこの世界はクソッタレすぎる世界だわ……。俺に優しくない世界とか滅んでしまえばいいのに……。
 ……とまぁずっと悩んでるフリをしててもしょうがない。いつまでもそんな事は言ってられない訳で。どうせ
なんとかなるだろうし、実はそれほど気にする事はないのだけどね。

 さて、現実を見よう。
 リンドウさんはアナグラに戻ってきたはいいものの、検査や復帰記念パーティやらその他諸々で忙しく、前線
復帰はまだしていないものの、それは時間の問題だろう。
 空白の時間を埋めるかのように、サクヤさんがリンドウさんにくっついていちゃついているが、それもまぁし
ょうがないことだ。他の人間の迷惑を考えない所為で独り身どもがえらくダメージを受けているようだが、あい
にく俺はそういう空気には鈍いので問題ない。アリサがその様子を指くわえてみていたのでアタックしたけど、
この世のものじゃないものを見るような目で見られたので敢え無く退散。いや、けっこうゾクゾクしたのは事実
だけど、そのまま気力をずっと削られるのもよろしくないからね。
 サクヤさんに対する問題は……まぁ他のコスチュームをリンドウさんに渡せば問題ないだろう。特におさわり
した訳でもないし、リンドウさんが居た頃から俺がアリサ一筋なのは公言してたしな。
 リンドウさんのこれからについてはサカキ博士らと話せばいいだろう。勿論本人を交えたり交えなかったりし
て。俺としては勿論どうなろうが、リンドウさんが選んだことであればそれに従うので好きにしてくれればいい。
その結果俺の立場が変わっても、それはまあ仕方ない事だし。

 結局この件に関しても、俺一人ではどうしようもないし、そのうち会議に呼ばれるだろうから、それまではい
つも通りの仕事をこなせばいいだけだ。
 このフェンリル極東支部――通称アナグラの討伐部隊、第一部隊の隊長として、リンドウさんの遺志を継ぎ、
その意志を持ち続けて、俺はずっと続けていくさ。このクソッタレな仕事をさ。

 
 




 

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