フェンリル極東支部第一部隊隊長の朝は早い。
―どうしてこんなに早く?
 日が昇り始めたころに部隊長は起きる。周りは真っ暗である。地下であるため外が暗いのは当たり前なのだが。
「好きで始めた仕事ですから。いやまぁぶっちゃけ強制でしたけどね(笑)」
―辛くはないんですか?
「最初は嫌でしたね。でもやるべきことがあるから、どんどん苦にならなくなっていったんです」
 最近は朝早くに起きても一番乗りでないことがあると愚痴をこぼした。新人が高確率で先に起きているという。
 起きてまずは自身の身体の入念なチェックから始まる。
 普通の人間なら10分かかるようなセルフチェックでも部隊長はものの数十秒で終わらせてしまう。
 何気ない行動のひとつでも部隊長のスキルが光る。
―いつもはこんな風に?
「いえ、いつもは起きた直後にベッドの上で瞑想をしたりしています。大体3〜10分くらいですかね」
「ですがこれは初心者にはお勧めできませんね。気づけば数時間経っているなんてことがざらにありますから
(笑)」
 そして部屋でのやることが終わると、部隊長は部屋を出る。まだアナグラの中も消灯時間のようで、日中より
も光源が乏しい状態である。
 エレベーターに乗り向かう先は新人区画。こちらもまだ消灯時間で誰の姿もない。
―どうしてこんなところに?
「部隊長たるもの、隊員の調子を確認するのも義務の一つでね」
 そういいながらも複数ある扉のうちの一つを弄繰り回し、ロックを解除する。その手馴れた姿はやはりそこら
の人間とは違う事をまざまざと見せ付ける。
 部隊長が静かに、とジェスチャーをしてその部屋へ入っていく。その部屋にいるのは部隊長と同じ新型神機使
いであるアリサ・I・アミエーラさんである。
 一通りアミエーラさんを眺めたあとに部屋を出て行く。その一連の動作は洗練されており、一切の無駄が感じ
られない。

「やっぱり一番うれしいのは住人からの感謝の手紙ね、この仕事やっててよかったなと」
 主に防衛を担当する第二部隊に送られるのが多いのだが、稀にその活躍を知った住人から手紙などが送られて
くるという。
「勿論、さっきのアリサを眺めるのなんていうまでもなく一番の至福の時ですよ。あれは別格ですね(笑)」

「毎日毎日敵やその行動、動きが違う 素人や新人だけでは勝てない」 
 一歩間違えれば死という、常に死神とのにらめっこである。そんな仕事を続けていけることに誇りを持ってい
ると部隊長は応える。

―仕事をやめたいと思ったときは?
「ありますね。やっぱり目の前で同じ神機使いが喰われたり、第一種に囲まれたときなんてやってられないと思
いますよ。でも仕事が仕事なのでやめられないですよね(苦笑)」

 この仕事は時間との勝負だという。
 ゆっくり動くと標的が既に移動していることもあるし、アナグラから任務失敗を一方的に通告される事もある
とは部隊長談。
 そして第1種であっても30分以内で一人で狩れるのはアナグラの中でも自分だけであるという。
「こういうところがまた自信につながりますし、士気を上げることにもなりますからね」

 そうこうしているうちにもう昼である。
 職人は何かを思い出したかのようにターミナルを起動させた。
―どうしたんですか?
「今日は数少ない娯楽イベントがあったことを忘れてました。取材の事ばかり考えてましたから(笑)」
―娯楽イベントというのは?
「そうですね、僕ら神機使いというのはいつでも緊急で出動出来る体制を整えておかなければならないんですよ。
それはもう心身ともに疲労が激しくて。そんな僕らの為に、時々こうやってイベントを作ってくれるんですよ。
今日はプールで遊べるようなので、さっそく行かなければ」
 というも早く、ターミナルの操作を終えるとすぐに荷物をまとめて部屋を出て行ってしまった。記者は部隊長
を追う。
 どうやら神機使いの集まるプールとやらにいけたようだ
 そして神機使いたちは楽しそうに遊び始めた。その姿はとてもアラガミと戦う神機使いとは思えない。
―こういうイベントがあることで何か変わりますか?
「そりゃ勿論ですよ。やっぱりアリサの水着姿は写真に収めないと。そのために給料3か月分のカメラを買いま
したから」
 そのただならぬ情熱はやはりさすが部隊長と言わざるを得ないものである。

「でも自分で選んだ道だからね、強制だったけど(笑) 後悔はしてないよ」
 隊員のコウタさんとはもう数ヶ月の付き合いだそうだ。
「このアラガミはだめだ。ほら、やっぱりゴミしか出ない」
 部隊長の目にかかれば見るだけでレアな素材を手に入れられるかが分かるという。

 今一番の問題は後継者不足であるという。
 レアな素材が手に入れられないと、その日の仕事をやめてしまうという。
「もともと神機使いなんてそうそう適合者が現れないんですけど、ここ数ヶ月でベテランが立て続けに二人もい
なくなっちゃって。まぁそれで僕が部隊長になれたんですけど(笑)」
 補充の為に西欧から新型を呼び寄せたものの、まだまだ到底新人から抜けだせないようだ。
 物陰で待ち伏せて隙を窺う。この時の風向きで奇襲の成功の可能性はガラリと変わってしまう。
「奇襲で待ってるときのアリサの身体の色っぽさといったら……」
 思わず仕事を忘れて尻を追いかけて危うく謹慎処分になりかけたこともしばしば。

 ここ最近は経験の少ない新人たちに押されているという。
「弱いといっても数の暴力もありますからね。それでも僕は続けますよ。レア素材とアリサのベストショットが
待ってますから」
 極東支部――通称アナグラの灯火は弱い。だが、まだ輝いている。


「みんながみんな、強いわけじゃない。何かに頼りたい時だってある。それがたまたま僕の場合アレだったわけ
です」
 今日も彼は、日が上るよりも早くに起床し、アミエーラさんを視姦する。
 明日も、明後日もその姿は変わらないだろう。

 そう、第一部隊長の朝は早い――

 

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