神様転生ごっこがしたい。
 彼女がそう言ってきたのはある日の事だった。
「……あのさ、いきなり何言ってんの?」
「ほら、あれよあれ。最近暇じゃない? ちょっと刺激が欲しいなーって思って」
 仕事をしないお前の代わりに、お前の分まで仕事をしているのは俺なんだけどな。暇なのはしなくちゃいけな
い仕事をしてないからだということに気づいてほしいんだけど。
 ……まぁ、最近は特に大きな仕事も無いからそこまで大変な訳でもないけど、もともと働くべきなのは俺では
なくてこいつなのに、どうして俺が働いているのか。義務を果たさずに権利を行使しようとするとは、なんとも
許しがたいものである。
「それに最近ずっと二人きりだったし、誰にも会わないこの状況にもそろそろ飽きてきたかなぁ、って思って
ねー。そこでいろいろネタを仕入れてきたんだけど、私達にぴったりなのがこれだと思うのよね」
 そうして彼女が取り出した書類を受け取り、ずらずらとそこに書かれているものを読む。
 書いてあるものを簡単に説明すると、簡単にいうと神様転生とは何か、世間一般ではどんな風に行われている
かなど、序論から始まり、目的・方法などが実験計画書の体裁を採って、無駄に細かく記されていた。
「で、だ。これをやるってか?」
 とりあえず一通り読み終えた後で念のために聞いてみる。これだけ準備をしてやる気がないというのはそもそ
もありえないとは思うが、一応、念のためである。これで実はやるつもりは無くて、言ってみただけとかだった
りしたら嬉しいという希望的観測を持ちながら。まぁ勿論そんなのはありえないんだけど。
「モッチのロン! 新しく"箱庭"作ったし、人間一人の人間観察するくらいならこれで充分でしょ。世界のデー
タは他から丸ごとコピってくればいいし」
 なにやら既に準備は出来ているらしい。最近やけにテンションが高いと思えば、こんな事をしていたからなの
か。遊ぶ余裕があるなら働いて欲しいのだが。働かないからこその、こいつなんだけど。
 そしてそんな俺の要望は全く無視されてるのはもう予想通りでいつも通りなんだけどな。
「やめろって言ってもやるつもりなんだろ」
「おふこーす! というわけで早速準備してくるねぇー!」
 そう言い残すと彼女はそそくさを部屋を出てどこかに消えてしまった。またこれから彼女が何かをやらかすの
かと、これから先のことを考えると憂鬱になる。こんなこと言いつつ、俺も彼女の遊びに付き合うんだけどね。

「えーと、じゃあまずは神様に出会うところからだね。神様()と出会う空間はどんな感じにしようかしらー」
 張り切ってさっそく空間の改造を始める彼女だが、…ちょっと待て。ここは俺らの私有スペースなのに、何も
知らない、関係のない人間なんかを呼び込むつもりなのだろうか。他の人間が入ってこられない場所にあえて呼
び込むのかよ。
「え、だってめんどくさいじゃん。新しくスペース創ってそこを更にいじるの」
 新しい箱庭を作る余裕はあるくせに、新しく神様転生スペースを作る余裕はないとな。どっちの方が大変だと
思ってるんだ。やっぱりアホだこいつ。
 ため息をつきながらも、彼女が周辺を弄る様子をずっと眺める。
 正直言って、俺はそこまでやる気ではないので積極的には参加しない。こんな訳の分からないことに参加する
理由がそもそもないし。仮にするとしても、彼女のストッパーとしてくらいだろう。俺が本当に何もしなかった
らとしたら、こいつは何をしでかすか何処までやらかすか、……考えただけでも悪寒と寒気がする。
 彼女が空間を弄ってそれを反映させるたびに、周りが目まぐるしく変化していく。時には真っ暗の空間に一筋
の光、時には真っ白の空間に玉座のようなものを作ったりなど、試行錯誤を繰り返しながら彼女自身が納得する
ような空間を作り上げていく。
「あぁ結構面倒になってきた……。いっそのこと、真っ白で何も無いような空間にしようかな……うん、そっち
の方がいいかも! よし、なにもかも全部消そう!」
 そうした試行錯誤の末、最終的に出来上がったのは、前後上下左右すべてが真っ白で、あるのか分からない見
えない床には影すら映らない不思議な空間だった。ある意味常識を無視したこの空間の造りは何も知らない人間
からすれば、まさに人ならざるものの存在する空間であることを理解させるのに役立たせる事が出来るかもしれ
ない。シンプルゆえに、人では至れない世界だ。ここに来た人間はどこからどこまでがこの空間なのか、この空
間がどれほどの大きさなのか見た目では全く分からないだろう。勿論、この空間の所有者たる俺と彼女はしっか
りと理解しているが、これからやってくる転生予定者――つまりは彼女の被害者たちである、かわいそうに――
彼らはさっぱり分からないと思われる。
「"神様"に出会うスペースは出来たし、転生先の箱庭ももう作ったし、用意はざっとこんなものかしらー」
 テンション上がってきた! などと顔をブレさせながら彼女は最終確認に入った。どうやらそろそろ始めるつ
もりらしい。こっちはそれが近づくほどにナーバスになりそうなんだけど……。出来ればやめてほしいなーと、
テレパシーという名の祈りを送るが勿論受け取られるはずも無く、彼女はそのまま確認作業を続ける。
 手に持つ書類を見ながらこれは出来たあれは問題ない、ここは調整したからこれで大丈夫などとぶつぶつ呟き
ながらそこらを歩き回る。時折何かを微調整しながら、それを反映させ、微妙に変化する空間を感じながらも俺
は何をするでもなく、ぼーっと彼女を眺めていた。
ほんと、どうなるやら。
「えーと、転生の条件は何にしようかな。やっぱり『神様転生』を知っている人っていう方が面白いよねー。何
も知らない人だったら逆に誤解を招く危険もあるし。それでいて転生を希望している人間。今まで使われてきた
ネタによると、大抵が前世はパッとしなかったような凡人オブ凡人、もしくは引きこもり的な意味で社会のヒエ
ラルキーにおける下級階層的ポジションの人間、と。んー、ここしばらく関わってきたのがそれなりに出来るの
ばっかりだから、こういうダメダメな人に会うのってもしかしてここでは初めてかも! 昔を思い出すような気
がして楽しそうだなー」
 ルンルン気分でどんどん進めていく彼女を傍目に、俺はこれから起きる出来事のシミュレーションをする。
 こういう事になったらこのように対応して、もしこうなったらこんな感じで対処して……。無数に、あらゆる
可能性を想定して考えるものの、そういう予想をはるかに超えて何かをやらかすのが彼女だ。注意と用心はしす
ぎることは無い。基本的には特に何もせずに静観して、何かあったときにはさっと滞りなく動けるように、万全
のシミュレートをしなければ。
「とりあえず条件は設定したし、あとはここにやってくるまで適当に待つよ。んじゃ私は定位置に立っておく
ね」
「……俺はその後ろに居ておくよ」
 お前を止めるためになと彼女に聞こえない程度の大きさで呟く。さて、彼女の被害者もとい神様転生のターゲ
ットが来るまでどれくらい時間があるかな。そこまで時間がかかることはないだろうけれども、少し休んで――
「おっ、もう来るみたい! はやいねぇ!!」
 マジかよ! 休む暇もねぇ! っていうかいつの間に人間をここに呼んだんだよ!! 全然気づかなかった
し!
 若干焦りながらも彼女のそばに移動し、人間がやってくるのを待つことにする。
「うん、転送は問題ないみたい。んじゃ扉開いてここに入れるね」
 自分の行った仕事の出来に満足しながらも、彼女はえい、と指を鳴らす。
 すると目の前の空間に光が現れ(つっても元々が真っ白な空間に光だから見えにくい)、それが収まった時に
は先ほどまでこの空間には居なかった第三者、つまりは彼女の被害者となる転生者がそこにいた。
 そして彼女はその人間に向かって口を開いた。
「へいらっしゃい!」
 開口一番それだった。
「あ、間違えた! おぉ、凡人よ。死んでしまうとは情けない」
 どちらにしてもひどい一言目だった。なんだこいつ。何考えてんだ。
 ……頭が痛くなってきた。こいつは本当になにがしたいんだ。
「え、え? ここって? え、どういうこと?」
「あなたは不慮の事故もしくはその他諸々の理由に因って、人生を全うすることなく死んでしまいました。本来
ならばそのまま人生終了さようなら、だったのですが……」
 もったいぶるようにそこで一度区切る。テンションが上がりまくっている彼女と対照的に、被害者Aは全く理
解が追いつかずに固まっている。
「なんと、今回は特別にボーナスとしてもう一度人生を歩める権利をあなたは手にすることが出来ました! さ
ぁ喜べ!」
「おーいちょいちょい。ちょっとストップ」
 テンションが上がりまくっておかしな方向に進みそうになりそうだったので、一度止めて落ち着かせる。
「まずはちゃんと説明しろって。何にも理解できてなさそうだぞ」
「おっと、これは失敬☆ んじゃはじめからちゃんと説明しますね!」
 失礼失礼と自分の頭をぺちっと叩いて、彼女は再び説明を始める。私は神様であなたを転生させますなどと、
普通の人間だったら到底意味不明すぎて信じられないことをさっきよりかは丁寧に、そして説明を増やしながら
被害者Aもとい、転生予定者である目の前の人間に話していく。
 もちろん、こういうのに対して知識のある人間を対象にしているので、少しは理解がなされているとは思うが、
実際に自身の身で体験するとなると、やはり混乱するのは当たり前のことである。事実目の前の人間も知識はあ
るはずなのに、実際に体験すると理解が全くなされていないようで、頭に?を乗せたような形で止まっている。
「ちょいちょい。もうちょっとゆっくり説明してやれよ」
 余りにも不憫なので、被害者Aもとい転生予定者に助け舟を出す。その男は今更俺が居る事に気づいたのか、
驚いたような目で俺を見ていた。失敬な。
「あ、それもそうだねー。きみ、今のところ、どのくらい理解出来てるー?」
 にこやかに無垢な笑みを浮かべながら目の前の男へと話しかける彼女に対して、対照的にガチガチに固まって
いる目の前の男。うーん、これはどうしようもないな。もしかして選定ミスなんじゃないのか。
 混乱しているのが目に見えて分かるのでなんとも哀れに見えてしまうのだが、かといって俺がこれ以上救いの
手を差し伸べることはしない。というか出来ない。下手に俺が動くと彼女の機嫌が悪くなる訳だ。そうすると次
に何をしでかすか更に予想が出来なくなる。それは避けたい。被害者Aもとい転生予定者よ、やはり君は被害者
だ。南無。


 ……この先はもう語る必要はないだろう。好きなことを好きなようにやらかす彼女が、好きなように暴れた結
果が残った。これ以上、何も語ることはない。
 そして俺はその補助と後片付けをさせられた。ただそれだけのことだ。
 いつも通りの俺と彼女の変わらない日常。ただ、それだけだ。



 

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