一度目は何が起こったのか理解できなかった。
二度目は偶然か、もしくは夢であるとその現実から逃げ出した。
三度目でその恐ろしさに絶望して
四度目は顔を上げる事が出来なかった。

そして何度目かの"それ"を超えて、私はようやくここへやってきた。


 私を苛み、悪夢をずっと見せ続けるその世界へと。

 私は、見滝原へと足を踏み入れた。




一度目はただ願っただけだった。
二度目は喜びと期待で、必死になった。そして真実に心を押しつぶされそうになった。
三度目は、辛くて辛くて、もう駄目になりそうだった。
四度目は彼女を守るために、私が持つその力の全力を使った。

そして何度目かの"今"、私は諦めることなく、彼女を守り、この閉ざされた世界を開くためにひたすらに戦い続ける。


 私の存在意義でもある、大切な、たった一人の友達、鹿目まどかを守るために。

 私は何度目かのこの世界へ、足を踏み入れた。


---


「ここが、見滝原……」
 電車から降りて駅を出ると、そこは未来だった。
 一瞬そのような言葉が彼女の頭の中に思い浮かんだ。それほどに、この街は彼女の常識とはかけ離れていた姿
をしていた。近年の市単位による大規模な都市開発によって再開発が進み、大きくその姿を変化させた見滝原市は、
その特徴的な景観により、見滝原市内では勿論のこと、市を包括する県の内外でも話題になっている。
「素敵な街」
 それから観光と視察を兼ねて街中を軽く歩き回った感想はその一言に尽きた。開発具合は言うまでも無く、近
未来的な建物が立ち並び、調和を見せる街中は彼女の心に大きく、強く響いた。
 自然との調和やバリアフリー、あらゆる世代の人間が過ごしやすいように作られているために、軽く散歩する
だけでも実に清々しい気分になることができる。
 こうして軽く見るだけでも素敵なんだ。きっと、住んだらもっと素敵に違いない。そんな事を考えながら彼女
は歩を進める。
 しかし彼女は知っている。こんな素晴らしい街が、たった1ヶ月後には見るも無残な姿になってしまうことを。
避けようのない滅び、天災ともいうべき"存在"によってその全てを消し去られてしまうことを。
 そして、滅びたこの街の絶望からか、"誰か"がこの1ヵ月をずっと繰り返していることを。
「今回で、終わらせる……。私が終わらせる。あなたの悲しみは、私が終わらせてやる」
 リミットは1ヵ月後、『あの日』のあの出来事まで。それまでに、確実に"あれ"を倒せる準備を整えなければ
ならない。
 そして、勝つ。
 ――私の幸せの為に。名前も姿も知らない、同じ時間を何度も繰り返す、悲しみの底に居る貴方を掬い上げるた
めに。
 雲ひとつない青い空を見上げながら、彼女はひとり、決意を固める。
 この繰り返される1ヵ月のために、彼女は自分の住む町から逃げるように、捨てるようにこの街へとやってき
た。自身が居なくなる事で起こりうる被害を考慮してでも、彼女はこの街へと来なければならないという強迫観
念に近い思いがあった。
 覚悟はすでに出来ている。あとはもう、成功させるだけ。この街を、救うことだけ。
 リミットはすでに決まっている。そこに至るまでに、どうやってあの化け物をなんとかするか、彼女のやるべ
き事は最終的にこの一点に集束する。
「さてと、まずは……」
 やる事は多い。1秒も無駄には出来ない。
 ……だがその前にやる事があるのを彼女は感じていた。
「お腹空いたかな」
 彼女とて、魔法少女といえどもその中身は普通の人間と大きくは変わらない。ある一点を除けばの話にはなるが。
 だからこそそんな彼女も当たり前のように空腹になる。電車を乗り継いで数時間。朝食以外はまだ何も食べて
いないのだ。何かをする前に腹ごしらえ。腹が減っては何とやら。英気を養うためにもまずは食べることが大事だ。
その目的を遂行するために街の中心部へと足を向ける。
「あ、そういえば名物とか調べるの忘れてた……」
 まだまだ彼女は軽い気持ちで見滝原を眺めていた。
 この先の悲劇を知っているからこそ、笑顔だけでいられないのは百も承知である。なるべく犠牲は少なくした
いものの、避けられない犠牲があるのならば、それは致し方ない。それを踏まえた上で、名前も知らぬ、時間を
繰り返す誰かと彼女自身の最大幸福点を目指して邁進していくのだ。
 出来る事ならば、犠牲など出したくない。だがそれに拘っていては余計な犠牲を出してしまう。短くない魔法
少女として生きてきた人生の中で、それは痛いほど体験している。目の前の一人を助けるために、後ろに居た十
数人を犠牲にした。その十数人を助けるためにその奥にいた数十人を犠牲にした。
 結局、一番犠牲を少なくするには目の前の犠牲を"しょうがないもの"として割り切っていくしかない。
 この1ヶ月の戦いで、その"しょうがない"犠牲のラインがどこまでなのか、彼女はまだ分からない。だからこそ、
この街に恐らく住んでいるだろう、同じ時間を繰り返す魔法少女に会い、彼女の納得するラインを引いて戦
うのだ。
 そんな事を考えている間に街の中心部、繁華街へとやってきた。学校終わりの学生達で賑わっており、どこを
見ても制服を着た学生たち見かける。そんな中高生で賑わう中、彼女は一人あても無くふらふらと彷徨うように
歩いていく。
「(あれ、でも今日って学校休みのはずだよね。部活なのかな? それとも休日講座とかあるのかな。どっちに
しても熱心だねー。さすが見滝原?)」
 何を考えるでもなく、ぽつぽつと頭に浮かんだことを処理しながら辺りを眺める。
 全国展開をしているファストフードチェーン店や、何かをもじって作られたと思われるセンスの無い名前の屋台、
注文の方法がよく分からないことで有名なコーヒーチェーン店、見た目からは何をしているのか分からない
ような店など、様々な店を見てまわったが、結局彼女は地元でよく通っていたのと同じコーヒー店へと足を運んだ。
 地元で頼むものと同じものと軽食を注文し、どこに行っても変わらない味に感心しながらぼーっと窓の外を眺
める。友人同士で歩く人、違う学校の制服を着たカップル、一人でとことこと歩いている人、それらを眺めなが
ら、これからの動きについて思案する。とは言うものの、大体の方針は決まっているので、あとはどこでどう実
行するか、が問題であるだけなのだが。
 見慣れているような風景で、しかし全く見覚えのない光景。数種類の中・高の制服をチェックしながらも、そ
の目は魔法少女としての仕事を忘れない。どんな街でもありえるような学生やその他の大人たちの行き交う中、
彼女はそこにある"異質"を発見した。
「……」
 少し考えてから立ち上がって容器を返却し、その足で店を出て、あるところへ向かっていく。

「きゅーべぇー、どうせそこらへんに居るんでしょう。ちょっとこっち来なさい」
 彼女は徐に口を開いたかと思うと、誰に言うでもなく誰もいない空間へと話しかけた。
 人気の少ない公園のベンチで横たわりながら暮れゆく空を見上げる彼女の許へ、やがて白いぬいぐるみのよう
な生物が何処からとも無く現れ、そっと近づく。
 その愛らしい姿とは裏腹に、その正体は彼女を魔法少女へと、普通の人間から逸脱させたそのもの。ただの少
女を魔法少女へと変化させる契約者、キュゥべえである。
「何の用だい。それと、君はこの街に用は無いと思うのだけれど、どうしていきなりこの街にきたんだい? 何
か理由があるのなら、僕に聞かせてほしいものだね」
「ちょっと聞きたいんだけどさ」
 キュゥべえの質問を華麗に無視し、自分の質問を被せようとする。
 やれやれ、君はいつもそうだねと向こうも特に気にする様子は見られず、そのまま会話を続ける。
「この街の魔法少女って誰なの? っていうかどのくらい居る訳?」
 単刀直入に、必要な情報だけを得るために必要最低限の質問のみをする。キュゥべえはやたらとはぐらかして
情報を渡そうとしない節があるのを彼女は知っている。
「それを聞いて君はどうするんだい?」
「ちょっとその子に話を聞くだけよ」
 先ほど買った、手に持つ缶ジュースをちびちびと飲みながら、他の人間には見えない奇妙な生物との会話を続ける。
 幸い今のところは周りに誰もいないため問題ないのだが、もし他の誰かに聞かれていたら、彼女の独り言にし
か聞こえず、不審な目を向けられることだろう。しかしそんな事を気にすることなく、彼女はキュゥべえと会話
を続ける。
「君が何を企んでいるのかは僕には到底想像もつかないけれど、くれぐれも無駄な争いは控えてくれるよう、お
願いしたいね。いくら素材がたくさんいるといっても、僕たちの眼鏡に適う素質を持った少女はそう沢山いる訳
じゃ無いからね」
「そうして言葉巧みに契約させた少女を、ソウルジェムへと変化させて、魔女を狩る役割を持たせるだけのお人
形にする訳ね。お役目御苦労なこと」
「勘違いしないでほしいんだが、僕たちは飽くまでも君たちの意思を最優先にしていた筈だよ。契約のときに詳
細やデメリットを聞かない君たちに原因があると、少しは考えて欲しいものだね」
「あっそ。……それと、先に誤解を解いておくけれど、別に争うつもりはないから」
 彼女は多くの魔法少女たちに、意図的に隠されている魔法少女の真実の一つを知っている。
 それは、この目の前の存在、キュゥべえと契約した少女は、魂を抜きとられ、それを物質化されてしまうこと。
本当の意味で、身体は対外的な記号や道具に過ぎないものとなってしまうのだ。
「ま、身体の事はどうでもいいわ。過ぎた事なんかいってても仕方がないし。で、この街の魔法少女はいったい
誰なの?」
 これ以上、過去の件について話していても何も生み出さないと感じた彼女は、再び本題に戻り、ここ見滝原の
魔法少女について聞きだす。キュゥべえはほんの少し考えるような仕草を見せたあと、その無表情な顔を彼女へ
と向け、言葉を続けた。
「巴マミ。彼女がこの見滝原を拠点にしている魔法少女だ。あぁ、先に言っておくけれど、彼女は僕のことをと
ても信頼していて尚且つ知らないことが多い。下手なことをすると敵対を招くから気をつけておくことだね。そ
れに彼女はベテランだ。少なくとも、君に後れを取ることは無いということを先に教えておくよ」
 純粋な警告か、それともほかの意味があるのか、キュゥべえのその言葉に、少し考えようとしたものの、彼の
言葉に何か意味付けしようと考えるのは無駄なことだと気づき、そのまま会話を続ける。
「はいはい忠告御苦労さん。言われなくてもさっき言ったとおり敵対する気はないから。で、この街はその巴っ
て人だけなの? 一人で見るにはずいぶんと広いけれど」
「……いいや、彼女一人じゃない」
 珍しくキュゥべえが表情のようなものを見せたのを、彼女は勿論見逃すはずはなかった。何故簡単に言わない
のか。理由は分からないがそれが引っかかり、あるところでひらめきに変わった。十中八九、自身の目的の子は
これからキュゥべえが口にする少女であると、彼女の勘が囁いていた。
「僕の知る限りでは他にもいるんだが……」
「なによ、ずいぶん歯切れが悪い。いいから教えなさいよ」
 キュゥべえの歯切れの悪さがその考えを確信へと至らすのに拍車をかけていた。
 きっと、いや確実にその子だろう。幸せを願い、何度も同じ時間を繰り返している少女は。彼女がそうしてい
るように、いや、彼女がそうせざるを得ない状況を作り出しているのは。しかし、彼女はそのことでとやかく言
うつもりは無い。そもそも自身の願いの中途半端さがこのような結果を作り出しているのだと、彼女は考えてい
るのだ。器の大きさなんかじゃなく、自身の願い。それがこの周回する世界を創ったのではないかと、責任の一
端を感じているほどであり、決してその子に対して何か危害を加えるつもりなど無い。
 やがてキュゥべえの悩む振りという名の損得勘定が終わったのか、堅い口をようやく開いた。
「暁美ほむら、彼女が見滝原のもう一人の魔法少女だ」
 あけみ、ほむら。彼女は口の中で反芻する。名前を忘れないように、刻み付けるように。
「……へぇ、なるほど。で、なんでその子についてはそんなに反応が微妙な訳?」
「暁美ほむら。彼女については、残念ながら僕自身でもよく分からないんだ」
 しかし名前は分かったものの、彼女の姿というものは全く想像できない。魔女が現れればどうせ駆けつけるだ
ろうし、すぐに分かるのだが、しかし巴という人との区別がつかない。なので彼女はなんとなく、名前から連想
される赤い燃えるようなイメージを勝手に作り上げ、それを頼りにしようと考えた。
「? どういうこと? 別の場所で契約したからあんたの個体じゃ分からないって事?」
「いいや、それは無いね。そもそも僕たちは魔法少女とそれ以外の人間では全く違うように見えるからね。それ
に、仮にこの見滝原以外で契約をしても、僕たちのネットワークを通じて誰が契約したかはすぐに分かる。当然
のことだが、今君の目の前にいる僕だって、君の町にいた僕とはまた違う個体だからね」
「……ほんとにあんた、どこにでもいるのね。1匹見ればなんとやら、みたい」
「僕は白いよ」
 目の前の白いぬいぐるみが綺麗なツッコミをしてくれたことに彼女は少し感心しながらも、もう一度二人の魔
法少女の名前を頭へと刻み付ける。
 姿や容姿はさっぱり分からないものの、どうせ魔女が動けば必然的に見えることになるだろうということで、
彼女は特にその点については問題としなかった。
 それに、魔法少女同士は必然的に曳かれあう。
 それは運命なのか、それとも魔法少女という人間ではない別個体であるがために分かってしまうのかは定かで
はない。心配しなくてもそのうち会えるだろうと楽観的に彼女は考えている。
「で、その二人がこの街を管轄してる魔法少女ってこと?」
「あぁ、そう考えてくれて問題はないね。あと二人ほど、素質のある少女がいるんだが、なかなか上手くいかな
いものだよ」
「あっそ、あんたが仕事をするのは勝手だけど、くれぐれも変な誤解を生まないようにしなさいよ」
 善処するよ、と全くする気のない言葉を吐くのを聞き流し、彼女は手に持つ缶ジュースの残りの飲み干し立ち
上がる。ぬいぐるみとくだらない話をしているうちに、気づけば周りが大分暗くなっていた。何時までもこんな
ところに居ては通報されかねない。
 缶ジュースを足元に放り、それを思い切り蹴り飛ばす。空に高く舞った缶を眺めながら彼女は一言、口を開く。
「1発でいけたら今回ぜんぶ上手くいく!」
 右手に魔力で練り上げた光弾を作り出し、ボールを投げるかのように蹴り飛ばした缶へと投擲する。缶目掛け
て放たれた光弾は吸い込まれるように、飲み込むように缶へと見事に命中する。
 命中した缶は跡形も無く消えてなくなり、そのうち光弾も蒸発するかのように霧散した。
「これは幸先がいいわね。さすが私」
「相変わらず無駄に魔力を使うんだね君は。グリーフシードの蓄えがあるからといって、無駄遣いは感心しないな」
「他の人にとって無駄に見えても、私にとっては必要なものなのよ。……って一発でうまくいったと思ったけど
微妙にカスが残ってるし。うわー、これはやな予感が」
 彼女の基準では上手くいかなかったのだろう。
 ショックを受けている彼女をキュゥべえはため息を吐いて眺め、やがて音も無くその姿を消した。
「ま、いっか」
 キュゥべえが居なくなったのを横目で確認しながらも、彼女は再びベンチへ腰を下ろす。
「あーあ、それはそうと今日のお宿どうしよう……」
 魔法少女とはいえ、社会においては一人の人間であり、そしていくら魂を物質化したところで、そう大きく変
化はしない。お腹は空くし、眠くなるし、毎月つらい日もある。
 勿論、日常生活のあらゆる不便も、ある程度は魔法でなんとか出来るものの、そんな事の為に魔法を使ってい
ざという時にソウルジェムが濁ってましたでは話にならない。魔法は飽く迄魔女退治の為に使うものであって、
そのほかにはむやみやたらに使ってはいけないのだ。
 という訳で、彼女は現在宿が無い。勿論、この見滝原には安価なビジネスホテルはあるにはある。しかし、安
価とはいえ学生の身分である彼女にとっては1泊ですらその出費は痛い。加えて最長で1ヶ月近くもこの見滝原に
留まることになるのだ。単純計算をしただけでも、頭が痛くなる。しかしだからといって野宿をするわけにはい
かない。勿論、魔法で人払いや温度・気温の調節は出来るものの、問題はそこでは無いのだ。
 少々大雑把な性格であるとはいえ、彼女はまだ少女なのだ。実際的な問題がクリアできたところで、精神的な
問題がクリア出来る訳ではないのだ。
 万が一ということもある。ベテランの彼女にとって、さすがにそのようなミスは起こりえないと自身でも確信
はしているが、だからこその万が一が怖い。それに、面倒に巻き込まれるのは何よりも困ることだ。自分の街に
戻されては意味がないのだから。

「はぁ……しょうがない。パソコンも使いたいし、今日のところは我慢しておこ……」
 なんだかんだいいながらも、結局駅前のビル(とは言いがたいデザインをしている、前衛的な見た目をした建
物ではあったが)に入っている小洒落たネットカフェで一泊することにした。勿論、万が一の事を考えて、変な
ことを考えるような相手に襲われないように、身を守るためにもちょっとだけ身を変える魔法は使ったが。
「まさか開始早々こんな惨めな思いをするだなんて……後先考えずに来るんじゃなかった」
 地元の友人とメッセージのやりとりをしながら、不満たらたらでぼやく。彼女自身が考えて決定し、行動した
ことではあるが、やはりいろいろと後悔している彼女であった。深く考える前に行動を起こすのが彼女の長所で
あり短所であるのは、彼女自身が誰よりも痛感していることだが、それでも直らないのだからしょうがない。
 明日朝イチでお金降ろそうだとか、空き家を明日一日使って探そう、といったどう考えても魔法少女とは思え
ない思考回路が頭を支配しながらも、彼女の見滝原の一日目の時間は過ぎていく。
 やがて段々と、友人とのメッセージのやりとりの間隔が長くなってくると、誘われるようにして彼女は眠りへ
落ちていった。

 
 




 

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